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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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平成の名鉄ク2320型画像集め
揖斐・谷汲線旧型車モ750に引き続きク2320型。全車4台は撮れておらずク2323だけ漏れてました(^ ^;)
1926(大正15)年に愛知電気鉄道の電7型、附3型として日本車輛で製造された電車。
旧名古屋鉄道がモ750のように前面は丸みを帯びたスタイルが多かったのに対し愛電は角ばったスタイルの電車が多くなっていました。
電7→デハ3080型は電動車と分かりますが附3→サハ2020型は附随車ではなく運転台付きの制御車です。
デハ3080型はデハ3080~3084、3086~3089の9両、クハ2020型はクハ2020の1形式1両。
デハ3085がいませんが愛電では末尾に5を持つ電車が大事故を起こすことが何度かあったため末尾5が忌み番となっていました。
名鉄となってからも直流1500V各路線で使われた後クハ化され600Vの瀬戸線、揖斐・谷汲線で使われました。
瀬戸線時代は一部が特急車となりパノラマカー並みのミュージックホーンまで搭載してます。
同型車として伊勢電気鉄道デハ121型→近鉄モ5121型がいましたがこの車両も名古屋線系統で使われ最後は養老線で廃車となっており会社は違うもののご近所の似た者同士でした。

揖斐・谷汲線では朝夕ラッシュ時にしか出て来なかったので1回しか乗ったことはなく、大概は黒野か忠節で昼寝してた印象。
遊間の大きい自動連結器なので発車時は前後にガックンガックンと激しく揺さぶられる車両でした。

●ク2325
1926(大正15)年3月 製造。電7型(番号?)
1927(昭和2)年 車両称号変更デハ3086
1941(昭和16)年 車両称号変更モ3206
1964(昭和39)年 電装解除ク2325
1965(昭和40)年 1500V→600V降圧瀬戸線配置
1973(昭和48)年 揖斐・谷汲線配置
1997(平成9)年5月 廃車
19970402_tc2325.jpg
1台1台窓の形が違っていたク2320型。ク2325が一番原形の雰囲気を残していました。
1997(平成9)年4月2日 忠節

●ク2326
1927(昭和2)年 車両称号変更デハ3088
1941(昭和16)年 車両称号変更モ3208
1959(昭和34)or1962(昭和37)年 事故復旧で高運転台化
1964(昭和39)年 電装解除ク2326
1965(昭和40)年 1500V→600V降圧瀬戸線配置
1978(昭和53)年 揖斐・谷汲線配置
1997(平成9)年5月 廃車
19970320_tc2326.jpg
事故復旧で名鉄お得意の高運転台化されていた車両。
反対側の運転台撤去側も高運転台化された窓の形はそのままでした。
1997(平成9)年3月20日 忠節

●ク2327
1926(大正15)年8月 製造。附3型(番号?)
1927(昭和2)年 車両称号変更サハ2020
1941(昭和16)年 車両称号変更ク2021
1948(昭和23)年 電装モ3210
1964(昭和39)年 電装解除ク2327
1965(昭和40)年 1500V→600V降圧瀬戸線配置
1973(昭和48)年 揖斐・谷汲線配置
1997(平成9)年5月 廃車
19970402_tc2327.jpg
唯一元々電動車でなかった車。制御車→電動車→制御車と目まぐるしく変化しています。
乗務員扉は助士席側にしかなく運転席横は窓だけで扉がありません。
右はモ704。片運転台化されて台座だけになった尾灯跡が見えます。
1997(平成9)年4月2日 忠節
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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

名鉄 | 23:29:48 | Trackback(0) | Comments(0)
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