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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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2005(平成17)年鹿島鉄道の車庫見学~気動車~
鹿島鉄道車庫見学の続き。
昭和30~40年代の地方私鉄の雰囲気を色濃く残す車両や施設群に心が躍りましたね。

IMG_6655.jpg
石岡駅のホームから下りたところにあった乗務員詰所とキハ431。
常磐線から下りてここへ来ると時代が一気に巻き戻されたよう。
キハ431は元加越能鉄道加越線のキハ125。1957(昭和32)年東急車輌製。

IMG_6684.jpg
キハ601と石岡機関区の看板が掲げられた建物。
キハ601は1936(昭和11)年川崎車輌製の元国鉄キハ42000型。
昭和20年代に天然ガスカーのキハ42200型、さらにディーゼル化されてキハ42500型となるなど車号の変遷が激しい車です。
国鉄キハ42032→キハ42205→キハ42528→キハ07 29→鹿島参宮キハ42503→関東キハ601→鹿島キハ601
国鉄時代は常磐線我孫子、木更津、大原など千葉地区、二俣線遠江二俣、長野周辺で使われ1964(昭和39)年廃車後鹿島参宮鉄道に譲渡。

IMG_6694.jpg
1965(昭和40)年には機械式変速から液体式変速に改造、1972(昭和47)年には西武所沢工場で総括制御下、前面6枚窓の丸い運転室が改造され関東鉄道の標準的な顔になっています。
その後も貫通扉を埋めたりワンマン化されたり、冷房化(!)されたりととんでもないことに~。
台枠はキハ42000として製造当初の流線形のままなのか連結器の周りに見える台枠左右が引っ込んでいますね。

IMG_6660.jpg
キハ601のエンジン始動。
雲一つない常陸の青空に白煙が噴き上がります。
この日は冷え込んでたのでエンジンはややご機嫌斜めだった様子。
当初はガソリンエンジンでしたがこの頃はDMH17。何代目のエンジンだったのでしょうね。

IMG_6695.jpg
キハ431と色違いのキハ432。
こちらも元加越線のキハ126でキハ431と同時期の製造。
元は前面窓の天地幅が大きくもっとパッチリ目な感じでしたが外板張替えで窓が小さくなっています。

IMG_6682.jpg
建屋の前ではキハ714が整備中。塗装が終わったばかりだったようで美しい姿を見せていました。
こちらは元夕張鉄道キハ251。1953(昭和28)年新潟鐵工所製。
北海道で初の液体式気動車だったとのことで函館本線や千歳線に乗り入れたこともあったとか。

鹿島鉄道の母体となった関東鉄道は気動車の屋根を銀色塗装するのが特徴でした。
非電化私鉄の東の横綱が関東鉄道なら西の横綱は江若鉄道でしたがこちらも銀色屋根。何か理由があったのでしょうかね。
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関東私鉄 | 21:57:11 | Trackback(0) | Comments(2)
コメント
キハ605が「冷房化」されていたことは知りませんでした。変遷スゴすぎ・・。天気にも恵まれて詰所と一緒に写っているのが、いい絵だなあと思いました。
2020-05-14 木 05:22:51 | URL | きみ [編集]
鹿島鉄道石岡機関区
きみさん、こんばんは~。
キハ600型は改造が徹底的で車内もさほど古さを感じないレベルでした。
キハ42000の面影は側面の窓割や台車が菱枠という程度でしたね。
石岡機関区は宝の山でしたが廃線後更地になってしまうとごく普通の地方都市の空き地・・・近江鉄道の彦根車庫や瀬戸電の喜多山車庫もそうでしたが魔法が解けてしまったかのように普通の場所になってしまいました。
駅で尋ねたら2つ返事で車庫に入れてくれたのも今となっては貴重な経験でした。
2020-05-14 木 21:43:34 | URL | 西宮後 [編集]
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