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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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西濃鉄道昼飯線美濃大久保駅の側線~その1~
スイッチバック駅の美濃大久保駅。
昼飯駅との駅間距離は0.8kmとありますが美濃大久保駅を出てすぐに昼飯駅構内扱いの側線が分岐しており実質一つの構内と言っても差し支えないレベル。

minookubo-map1.png
機回し線はあるものの有効長が短く、美濃赤坂から来て美濃大久保駅着の貨車を置くためにはどうしても機関車を前にして来るわけには行きません。
従って美濃赤坂→美濃大久保の列車の先頭にはワフを連結して推進運転するため前方監視、非常ブレーキ扱いを行う乗務員が乗車していました。

P1060751.jpg
昼飯線で使用されていたワフ21000形ワフ21120。
1934(昭和9)年汽車会社製で国鉄から1977(昭和52)年に西濃鉄道へ払い下げられ休止後も長らく美濃赤坂駅構内に留置されていました。現在は貨物鉄道博物館で保存しており修復作業中。私も関係者の1人です~(爆)
西濃時代は左に見えるエアタンクを車内に据え付けて非常ブレーキ、汽笛動作用として使っていたとか。

P1090060.jpg
デッキにはホイッスルの台座が残っています。
同僚にワフ21016がいたのですがダンプと接触事故を起こして廃車されています。
ところが実際にはこのワフ21016がワフ21120とすり替わっている可能性もあるとかで謎を秘めています。

P1090697.jpg
レールが撤去されて草っ原と化した構内を美濃赤坂方から見た様子。

img143.jpg
レールがあった頃の同じ場所。
かつて右に分岐して古田石灰工業所(現在は上田石灰工業が入居)へ入る側線(上の図の点線)があったという話も聞いたのですが当時既にそれらしき分岐は有りませんでした。
2002(平成14)年2月25日撮影

P1090700.jpg
かつての古田石灰工業線分岐部と思しき辺り。線路用地の膨らみ方、右前方の門がいかにも線路が入っていそうな向きで建っているのも気になります。
ここに最近まで鉄骨組みの上屋(上の写真にも小さく写っている)があったのですがレールと一緒に撤去されています。
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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

貨物側線跡 | 22:53:39 | Trackback(0) | Comments(2)
コメント
西濃鉄道の現状レポありがとうございます。昼飯線は線路が残っていたときでも「夢の跡」を強く感じましたが、いよいよ忘れ去られていくのでしょうか。線路が残っていたときと同じアングルの写真があるのも時の流れを感じて楽しいです。
2019-09-05 木 05:59:53 | URL | きみ [編集]
撮影した気でいたら
きみさん、コメントありがとうございます。
昼飯線は休止でずっと放置され踏切は砂利で埋められたところもありましたが地元の人からは「年に1,2回機関車だけ走る」と言う証言も得ています。踏切の砂利は掘り返せばすぐ復旧できそうですが手が入った形跡が見られず不思議なところでした。
職場が大垣だった年月が長く撮った気になっていたところが実は未撮影ということが多く反省すること頻りです。
美濃大久保駅ももっと撮っていた気がしたのですが・・・いざ蓋を開けて見るとこれだけ??
(^ ^;)
2019-09-06 金 00:00:00 | URL | 西宮後 [編集]
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