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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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神戸電鉄粟生線加古川橋梁周辺
この日は伯母の墓参りで兵庫県小野市へ。
お墓は浄土寺の国宝浄土堂のすぐ傍。

P1090267.jpg
1194(建久5)年建築と鎌倉幕府ができたばかりの頃に建てられた浄土堂。
快慶作の巨大な阿弥陀三尊像が納められていますが内部は撮影禁止。
重源上人設計の浄土堂は夕日が差すと溜め池に反射した光で堂内が朱色に輝くように設計されているのですが時間的に昼でなおかつ紀伊半島を台風通過中のためそれは見ることができず~。

鉄分は全くないはずでしたが小野の市街から神戸電鉄粟生線加古川橋梁へ寄り道。
もうすぐ粟生行きの普通が通過することをダイヤで確認してから移動。
ところが加古川上で信号待ち中に時刻表より早く3両編成の電車が通過するのが見えました。
P1090274.jpg
粟生から折り返して来たところを後打ち。臨時のビアトレインでした。
しかもメモリアルトレインの1151F使用。サービス精神旺盛だった伯母がサービスしてくれたのかな?
デ1152+サ1251+デ1151の編成で1977(昭和52)年川崎重工業製。
この塗装はこの編成に塗られていたことはなくもっと前の昭和30年代~昭和40年代前半の塗装。

shintetsu-tc151-1.png shintetsu-tc151.png
実際にこの塗装だったというクハ151
モノクロ写真ではコントラストが無いため一色塗に見えてしまいますがこんな塗装だったんですね。
当時は神戸電鉄オリジナルの電動車が旧・神中鉄道→相模鉄道のガソリンカーや戦前の展望車改造のクハを牽くアヤシゲな電車が活躍していました。
このイラストのクハ151は元神中キハ41→キハ51に改番の1937(昭和12)年日本車両製流線型ガソリンカー。
1943(昭和18)年に同僚のキハ33、34と共に横浜から神戸へ来て川車でクハに改造・・・港町の郊外鉄道という似たような立ち位置の鉄道で活躍します。
台車は気動車用菱枠台車から電車用のイコライザ台車に履き替え1971(昭和46)年まで使われていました。
豊橋鉄道渥美線にも似たようなの(ク2401,2402)がいたなと思ったら同じ神中キハ40→キハ50形でした。

P1090278-2.jpg
加古川橋梁は1952(昭和27)年4月10日に粟生線電鉄小野~粟生延伸時に架設されたものですが橋桁は中古品を掻き集めたのか古いイギリス製の桁が使われています。
ポニートラスは1連が老朽化で架け替えられ公園へ移設されたものの他の2連は健在。
1888(明治21)、1889(明治22)年製で水戸鉄道(現JR水戸線)や東海道本線原野谷川橋梁(袋井~磐田)の橋桁が回り回って加古川に来たようです。
手前のガーダー2連もスティフナーの上下端が曲がってることからイギリス製でしょうね。

P1090288.jpg
元々撮る予定だった定期の普通列車は1103Fデ1103+サ1202+デ1104。1969(昭和44)年川崎車輌製。
同じ1000系ですが2扉や3扉、前パン車もいたりバラエティーに富んでいます。
どことなく小田急2320、2400形などの初期高性能車にも似たスタイルで元小田急沿線民としてもどこか親近感を覚えます。

P1090291.jpg
帰りにちょっと目に付いた加古川橋梁粟生側アプローチ部にある避溢橋。
ものすごい急勾配になっているのが気になりまして~(^ ^)
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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

関西私鉄 | 00:02:02 | Trackback(0) | Comments(0)
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