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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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名古屋鉄道名古屋本線西枇杷島駅の側線群~その5~
西枇杷島の短絡線犬山線側は同線と並行した電留線になっています。
2005(平成17)年1月に8800系パノラマDXが引退した後しばらくこの電留線に並べて置かれていた覚えがあります。
P1080838.jpg
電留線にはパノラマスーパー1000・1200系が停車中。
左のスペースが怪しいですがここで貨物を取り扱っていたわけではなさそう?

P1080840.jpg
線路がもう一本横に分かれていたかそのつもりで用地を確保したかのような感じ。

P1080842.jpg
電留線末端。この先はもう犬山線1つ目の駅の下小田井駅が目の前。
枇杷島の青物市場は「下小田井の市」とも呼ばれていました。

P1080844.jpg
新鵜沼側から短絡線側を見た様子。
速度制限標の数字がえらく端数ですね(^ ^;)

P1080845.jpg
留置線の1200系を横目に犬山線下り急行5000系が通過。
左の場内信号機は上が名古屋本線、犬山線が分岐する枇杷島分岐点のもの。
下が短絡線に入るためのものみたいですね。

P1080847.jpg
撮影していると電留線の出発信号機が緑になり1000・1200系が渡り線で編成をくねらし名古屋方面へ出庫して行きました。

nishibiwajima.png
愛知県統計年鑑(愛知県)より作成した西枇杷島駅の貨物取扱量の変遷。
1955(昭和30)年に庄内川対岸の東枇杷島に枇杷島市場が開場した影響か西枇杷島の貨物到着量が前年度比1/4に激減。
発送量も6,500tほど減少していますがこちらは翌年度にはそれ以上に成長、貨物需要は市場頼みではなくなっていたようです。
当時西枇杷島周辺は工場が増えて高度成長期に入ったこともあるのか全般的に見ると貨物量は順調に増えています。
この後貨物扱い廃止になる1966(昭和41)年2月までどのような変遷を辿ったのか気になるところ。
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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

現役側線・専用線 | 22:36:24 | Trackback(0) | Comments(2)
コメント
>速度制限標の数字がえらく端数
理由として思い当たるものが2つあります。
1)ぎりぎりの高速運転をしないとダイヤが維持できないので、計算式で出る上限値をJRの様に丸めないで表示した。
2)秒速に換算すると27.22m/s、M式ATSの0.5秒当たりで13.61mで、枕木の間隔からそうなった(仮に95km/hで計算すると13.2m)

個人的には1)のような気がしますが・・。
2019-07-11 木 21:42:01 | URL | たづ [編集]
端数速度制限
たづさん、こんばんは~。
端数の速度制限標考察ありがとうございます。
枇杷島分岐点で名古屋本線と合流し複々線となる金山までは名鉄一の超過密ダイヤ区間ですから速度設定もタイトなのでしょうね。
なおこの98km/h制限の先、短絡線分岐付近には50km/h制限区間が控えており左急カーブで築堤を上り・・・とこの先は次回にアップしますね。
2019-07-12 金 23:46:32 | URL | 西宮後 [編集]
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