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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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ひめしゃがの湯の保存車(名古屋営林局小坂営林署山トロと発電用水車)
ひめしゃがの湯保存車最終回。

小坂森林鉄道で使われたことがわかっている車両の内安全な場所で目にすることができる唯一の貴重車両。
作業軌道や木炭、雑貨輸送に使われた山トロです。
P1070517.jpg
以前は小坂線大洞川橋梁付近の倉庫の前に放置されていたのを修復したもの。
木部がボロボロだったため金属部分はほぼそのまま使用し木製台枠は新製しています。

P1070492.jpg
以前は間伐材を積んでいましたが現在は森林管理署より寄贈された動力用のペルトン水車を積載しています。

P1070478.jpg
木製車体ながら軸受部は平軸受でなく転がり軸受が使われており軽く回るようになっています。
軸蓋には"SATO"の陽刻がありますがメーカー名に心当たりがない~(- -;)
左に見える枠状のものはブレーキ制輪子を固定した棒が入っていたものと思われますが制輪子などブレーキ機構は残っていません。

P1070480.jpg
チルド車輪には「イワサキ」の文字とレールを菱枠で囲った社章があり岩崎レール工業製であることがわかります。
帝室林野局小坂出張所→名古屋営林局小坂営林署はボギー運材貨車やレールなどを同社から多数購入しています。
山トロの場合車輪や軸受をセットで購入し、木製車体は地元で製造して車両に組み上げていました。

P1070494.jpg
山トロに積載されているペルトン水車はかつて小坂森林鉄道唐谷線が入っていた唐谷製品事業所で昭和30年代頃まで使われていたと思われる発電用水車です。
かつて山奥の製品事業所までは電力線が引かれておらず小水力発電による自家発電を行っていました。
プーリーにベルトを掛けて発電機や回転軸に接続して動力として使うことができます。
展示しているのは水車部分で発電機はありません。以前調査時に底からカメラを入れた際には中身の水車が見えました。

説明板などは未設置(・・・と言うより研究会でもわかっていることが少な過ぎる^ ^;)で右書きの「名古屋 大池電機製作所 製造」という銘板だけが手がかり。
全国工場通覧 昭和10年9月版 (商工省/編 日刊工業新聞社/刊)によると

大池電機製作所
設立:1920(大正9)年3月
所在地:名古屋市中区大池町5
事業内容:発電機製造
戦後の全国工場通覧には載っておらず戦時中に閉業したのか疎開で他所へ移転したのかその後は不明です。

IMG_20180413_181439.jpg
大池町とは名古屋の大須から鶴舞にかけての旧町名です。
現在の住所区分にはありませんが上前津~鶴舞公園間の市バスのバス停の名前として残っています。

林野庁の映像ライブラリに同型の水車が使用されている映像がありました。

木曽御料林(昭和12年) 制作:帝室林野局
 第九 簡易曹達木材パルプの製造-阿寺御料地-
4:42~4:45で一瞬ですが丸鋸の動力源として使われているのが写ります。
映像は木曽の阿寺パルプ工場(長野県木曽郡大桑村)で直前には阿寺森林鉄道からの引込線で山トロが工場内にパルプ原料の間伐材を運び込んでいる様子も見られます
飛騨小坂にも帝室林野局の設置した同様のパルプ工場がありましたがひょっとしたらこの水車も元はパルプ工場にあったのが戦中の工場閉鎖後唐谷へ移設されたものだったのかも知れません。
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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

森林鉄道(名古屋営林局) | 21:41:24 | Trackback(0) | Comments(2)
コメント
記事を読み始めたときから、トロリーの上に載っている機械が気になるところでしたが、これについても詳細な解説があり、さすがと思いました。なるほどパルプを製造する初期過程での電源として利用していたのですね。それにしても、紙を製造するのに苛性ソーダを使うとか、初めて知りました。(てか、そもそも苛性ソーダって何?状態でしたが・・笑)
2019-03-25 月 06:09:39 | URL | きみ [編集]
パルプ工場
きみさん、こんばんは。
水車のご感想もありがとうございます。
パルプ工場では発電機、モーターを介さず水車からベルトとシャフトを介して各機械に動力を伝達していたようです。
勿論発電機も繋いでいましたが照明用に使っていただけとのこと。
深い山中で電燈を灯し3交代24時間操業だったと聞いています。
以前イベント公開で見学した上毛電鉄大胡工場で水車代わりにモーターを使ってベルト、シャフトで旋盤やボール盤を動かしていました。
動力源が貴重な頃の手法で今ならそれぞれの機器にモーターを付けますね。

苛性ソーダは別名水酸化ナトリウムで理科の実験にも登場するのでこちらの名前の方が馴染みがあるかも知れません。
かつてパルプ工場に出入りする専用線でワムハチに混じってタンク車がくっついて来ることがありましたがあれは溶媒として使う苛性ソーダを工場へ搬入するものでした。
2019-03-25 月 23:49:31 | URL | 西宮後 [編集]
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