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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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小坂森林鉄道鹿山線~その4(滝ヶ平)~
小坂森林鉄道鹿山線4回目~この先通行止めなので一先ずは滝ヶ平(たきがなる)までです。

P1030580.jpg
滝ヶ平の鹿山造林事業所寄宿舎。
手前に物置、奥が宿泊所で共に1963(昭和38)年取得となっていたので鹿山線廃止と入れ替わりに建て替えられたのかも知れません。
宿舎自体はもっと古くから存在し御料林時代は鹿山筋休泊所と呼ばれてたようです。
1944(昭和19)年の記録ではここまで事業用の電話線が引き込まれてたようですが鉄道用電話は置かれてませんでした。

P1030581.jpg
寄宿舎玄関側。
線路を挟んで向かいに鹿山苗畑(滝ヶ平地区)、1㎞ほど上ったところに鹿山苗畑(砂小屋地区)、1km弱下ったところには小ヶ倉苗畑があり現地で働く人が泊まり込んでいたのでしょう。
造林事業は営林署内の経営課の担当で、森林鉄道を運行、管理していたのは事業課と管理部署が異なります。
とは言え苗畑から山元へ苗を運ぶのには当然林鉄が使われ、人員、資材、生活物資輸送も林鉄で行っていたはず。
林鉄が廃止になると車で自宅から通うようになったとのことなので寄宿舎としてより休憩所として日中使われるのが主だったのでは?

P1030583.jpg
林鉄時代の宿舎には石置き屋根がよく見られましたが林鉄が廃止になった頃だったためか石の代わりに不要になったレールを載せた様子。

P1030573.jpg

P1030577.jpg
物置の看板。

1935(昭和10)年度に鹿山軌道が敷設され鹿山筋休泊所が増築された頃の図面。
kayama_zorin_1.jpg
正面とあるのが線路(谷)側のようです。

kayama_zorin_2.jpg
既存の建物の全体像がわかりませんが敷地の広さからすると8畳間2部屋(便所付)+8畳間2部屋でしょうか

kayama_zorin_3.jpg
炊事場は外に独立していました。
模型で再現してみたいですね。

P1030569.jpg
滝ヶ平谷を第九号橋梁で渡った下呂俣寄り鹿山線起点5,100m付近で通行止めになっていました。

1m3.jpg
下呂俣まで行けるのはまだ先かな?
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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

森林鉄道(名古屋営林局) | 22:48:15 | Trackback(0) | Comments(0)
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