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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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小坂森林鉄道鹿山線~その1(正子鉄橋~鹿山)~
●鹿山軌道→小坂森林鉄道鹿山線
区間:正子鉄橋~下呂俣~カエル俣付近 12,971m
等級:軌道→森林鉄道乙→森林鉄道二級

小坂森林鉄道(1933(昭和8)、1934(昭和9)年度建設)、若栃軌道(1934(昭和9年度)建設)に続いて建設された帝室林野局名古屋支局小坂出張所の鹿山軌道。
帝室林野局名古屋支局の技手(ぎて)監督の元で1935(昭和10)年5月に起工。
2工区に分けて工事が進められ同年12月に若栃軌道大洞鉄橋分岐点~下呂俣8,841mが竣工しています。
大部分の区間は帝室林野局小坂出張所が1914(大正3)~1915(大正4)年度に建設していた道路林道の大洞林道に線路を敷いており廃線後は再び道路化されてるので道路→線路→道路と変遷。
1943(昭和18)年7月1日より路線名は小坂森林鉄道鹿山線になっています。
途中の上田俣や終点下呂俣からは作業軌道が奥へ延びており、下呂俣より奥の作業軌道は土木軌道に格上げされて鹿山線に編入。
最盛期の1954(昭和29)~1959(昭和34)年度の鹿山線全長は12,971mに達していました。
他の路線と同じく昭和30年代に撤去が進み1964(昭和39)年度で全線撤去完了。
末期は下呂俣より奥の作業軌道格上げ区間が残っていたようですが人知れず山中だけで運材列車が走り中継土場でトラックに積み替えてたのでしょうか?

IMG_20170502_141443.jpg
1935(昭和10)年度に正子鉄橋~下呂俣8,841m建設時の路線図。


小坂森林鉄道の全路線図はこちら。鹿山線は赤い線です。

P1030642.jpg
正子鉄橋の若栃線、鹿山線分岐点跡。
ここには大洞保線夫詰所があり鉄道電話機も置かれていました。
左に大洞川が流れており若栃線正子鉄橋跡に架かる道路橋が見えています。
線路は右の斜面寄りを通り左に90度カーブして正子鉄橋へ、鹿山線は正面に続いてました。

IMG_20170502_142114.jpg
若栃軌道、鹿山軌道分岐点の建設図面。
上に曲がって行くのが若栃線、右へ直進する赤線が鹿山線の計画線。
若栃線建設時からここには側線があり鹿山線建設のため構内配線変更が行われたことが見て取れます。

P1030635.jpg
線路分岐跡には濃飛バス中重口(ちゅうじぐち)バス停の待合所があります。
背後の石積みは恐らく鹿山線開設時に上の図面を元に建設されたものでしょうか。

P1030627.jpg
鹿山集落へ向かうと100mほどで道路と線路が分岐。
線路跡は1段高い藪の中に突っ込んでいきます。

P1030625.jpg
鹿山集落内は集落より一段高い山際を線路が通っていましたが削られたり柵ができたり家に遮られたりであまり面影なし。

P1030622.jpg
濃飛バス鹿山バス停。
バスはここが終点。鹿山線沿線で人が住む場所もこの鹿山までです。
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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

森林鉄道(名古屋営林局) | 23:03:54 | Trackback(0) | Comments(0)
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