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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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津田沼駅周辺と鉄道聯隊K2型134
津田沼の森林公園は周囲が丘陵に囲まれ谷戸になっているようです。
池も谷戸から湧く水が溜まった池を利用しているのでしょうか。

P1020095.jpg
王滝森林鉄道田島停車場の前の池。
林鉄車両保存に当たって池を牧尾ダムのダム湖おんたけ湖に見立てたのでしょうか。

P1020109.jpg
森林公園を後にして津田沼駅へ向かいますが鬱蒼とした森林公園を出てローカルムードのある畑を抜けると嘘のような住宅密集地。
津田沼駅は坂の上にあり、森林公園側から見上げると新京成電鉄がヘアピンカーブを描き丘の上を回っています。
何とも複雑な地形ですが新京成線などかつて陸軍鉄道第二聯隊が演習線にしていたのはこの地形の複雑さが実戦経験になると踏んだからなのでしょうか。

P1020117.jpg
その津田沼駅付近の津田沼一丁目公園には元鉄道連隊K2型134号Eタンク機が保存されてます。
煙突のタライのような形をした火の粉止めが特徴的です。

P1020126.jpg
1943(昭和18)年川崎車輌製13t機で当初は600mm軌間で製造されたものが国鉄側線等で使用できるように1067mmに改軌されたようです。
となると朝顔カプラー上がごちゃっとしてるのは自動連結器取付け跡なのでしょうか?
戦後は西武鉄道に払い下げられますが実際使われたのかよく分からないようです。
入間川砂利採取のため敷かれた安比奈線安比奈のヤードで入換に使われたのかも・・・とのことでしたが断定は出来ないようで。
西武のユネスコ村で保存後津田沼に里帰りしています。

P1020124.jpg
JR津田沼駅と新京成新津田沼駅に挟まれた狭い空間にイトーヨーカドー、イオンがひしめき合いカオスな場所で保存されてますがこの場所には戦前、戦中は鉄道第2聯隊、戦後は大栄車輛があり京成や新京成の電車、関東鉄道の気動車の製造や改造を行っていました。
工場内には1963(昭和38)年日立製20tDLのDL-2もいたようですがこちらは津田沼工場から京成宗吾車両基地の宗吾工場へ移って使われた後廃車になったようです。
珍しい1435mm軌間のDLですが元々新幹線工場用の入換機の払い下げを受けたものだそうです。

P1020119.jpg
ドイツナロー機風に動軸5軸が並ぶ内中央の第3動輪はフランジレス。

P1020127.jpg
津田沼一丁目公園からJR総武線を越えるとかつての鉄道第二聯隊の正門が残ってます。

P1020129.jpg
現在は千葉工業大学の正門。
手前の六角形の台座跡は門衛小屋が建っていた跡でしょうね。
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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

スイッチャー | 21:50:24 | Trackback(0) | Comments(4)
コメント
もと鉄道連隊機
これと同一機体のような、同じ任に就いていた機関車が45年前のTMSに載っています。亡き祖父の蔵書です。
わざわざ国鉄狭軌に改軌しながら、自連がないので、始めて見たときはどうしてわざわざ購入したのか?と訝りました。
簡易連結器の取り付け穴だけ用意して、要るときだけ取り付けてたようですね。
ちなみに原型の600mm軌間のときは僚機に内側台枠・外観上1C1(2-6-2)
ながら現状通りのE型(0-10-0)機(ギア駆動)というE型が存在しました。このK2型は車軸内に継ぎ手を持っていて外見上も軸配置0-10-0なのですが。

追記:標準軌私鉄でディーゼル機関車保有してる会社自体がなぜかあまりに少ないですね。DD13クラスは大手私鉄の線路規格ならちゃんと載るはずなのですが。
2018-06-11 月 23:46:37 | URL | たづ [編集]
標準軌の機関車
たづさん、こんばんは~。
御祖父様の蔵書の画像は玉川上水の西武倉庫で保管されていた頃のものでしょうか。
こちらが見た画像では機関車がぎっしりで自連の有無が確認できませんでしたが元々ありませんでしたか。
西武としても払下げで確保しただけで結局お蔵入りだったのでしょうか。
土崎工場で保存されていたK2型121は簡易自連が付いてました。
5tクラスの貨車移動機の簡易自連とあまり変わらず貨車移動機が増えてくればすぐ用済みになってしまいそうです。
安比奈河原に放置されその後保存されたコッペルE18、E103はプレスアイゼンバーンの本社前で見ましたが第2,3,4軸をロッド、両端の第1,5軸をギアで駆動と何とも異様に見えました。

標準軌の私鉄は戦前の塩江温泉鉄道を除けば電化私鉄しかなくディーゼル機関車を運転できる要員を育成してまで持つメリットが薄いのでしょうね。
電気機関車も狭軌から改軌した近鉄などを除けば少なく代わりに電動貨車を持っていることが多いように思います。
2018-06-12 火 22:29:06 | URL | 西宮後 [編集]
続・もと鉄道連隊機
保存機状態でTMSのスタッフ(だれかは不明)が撮影したのは、西武ユネスコ村ですね。
終戦直後の写真(1945年10月)だけは臼井茂信氏が撮っていますが、記事自体は署名記事でもなんでもなく(雑だとは思いますが)、出版直前の時期の写真を誰が撮りに行ったのか、原稿を書いたのも誰かわかりません。1/20組立図を中尾豊氏が描いているので、中尾氏の可能性はもちろんありますが。
時期も厳密には不明で、まあ1969~1973年の間(ちょうど西武山口線を電池機関車から蒸気機関車へ替えだしたころ)、白黒写真ながら周りの植物の繁り方から夏場(5~9月)とは思うのですが。
2018-06-12 火 23:17:11 | URL | たづ [編集]
ユネスコ村でしたか
たづさん、こんばんは~。
続報ありがとうございます。ユネスコ村時代の写真でしたか。
それにしても軍機と敗戦時の混乱、西武の思惑など何重にもベールを被ってしまった謎の多い機関車ですね。
2018-06-13 水 23:37:42 | URL | 西宮後 [編集]
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