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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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近江鉄道クハ1212→モハ204→モユニ11のこと
クハ1212は1973(昭和48)年にモハ203形モハ204、さらに郵便荷物合造車モユニ11形モユニ11に改造されたことになっています。

img093.jpg
見ての通り全く別の車両で京王デハ1700形デハ1707の車体と手持ちの電装品、台車を組み合わせてつくった車両。
郵便荷物合造車に改造され廃車された後の姿ですが正面右窓上には「204」の番号も残っていました。
この手持ちの部品にクハ1212の部品があったのかどうかは分かりません(- -)
2001(平成13)年10月14日 彦根車庫 ※許可を得て撮影

モハ204の種車となったデハ1707もややこしい歴史を持ったクルマです。
1946(昭和21)年汽車会社製で当時東急の井の頭線に入ったデハ1700形のラストナンバー車。
片運転台車で正面3枚窓の平凡な関東私鉄スタイルの電車です。
当初はこちらも当時東急の路線だった京浜線(現・京浜急行)へ入れるはずだったのが1945(昭和20)年5月25日の山手空襲で永福町車庫が壊滅し車両不足に陥っていた井の頭線へ回されます。
戦後は東急から分離して京王帝都電鉄となり引き続き井の頭線で20年ほど使われますがステンレス車3000系が増備されると軌間の違う京王線へ移ります。
当初1,435mm軌間の京浜線に入るはずが1,067mmの井の頭線、そして1,372mmの京王線へ~

keio-mc1707-1-2.png  keio-mc1707-1-1.png
京王線時代のデハ1700形デハ1707
末期はオデコに前照灯を2つ載っけた京王独特の2灯化改造が行われていました。

京王線でも新形車が増えてくると1972(昭和47)年に廃車、車体だけ近江鉄道に譲渡されます。
元小田急デハ1600形の車体と近江手持ち部品を組み合わせたモハ203形モハ203の次の番号モハ204が当てられました。
小田急デハ1600も同時期製造の似たようなスタイルの電車で編成を組んでもあまり違和感は有りません。
近江では両運転台に改造、元々運転台があった側にも貫通扉が追加されて表情が変わりました。

img094.jpg
京王時代からの運転台側前面。中央の狭窓部分に貫通扉が設けられた。
彦根車庫留置時はこちらにモハ103が常に連結されており上手く撮れませんでした(- -)
車体検査標記は1980(昭和55)年7月になっておりモユニ改造前の表記だった様子。
2001(平成13)年10月14日 彦根車庫 ※許可を得て撮影

img093_2018051723230804f.jpg
こちら側は近江入りの際に増設された運転台。
貫通化せず前面2枚窓にしていたらクハ1212と似ていたかも?
2001(平成13)年10月14日 彦根車庫 ※許可を得て撮影

両運転台を生かし単行や増結運用に就いていましたが1981(昭和56)年1月26日付で郵便荷物合造車のモユニ11に改造。
しかし国鉄の1984(昭和59)年2月ダイヤ改正で郵便輸送が縮小されると近江鉄道の郵便荷物輸送は廃止。
休、廃車として彦根車庫に留置されていました。

img093-2.jpg
増設運転台側の郵便室。
鉄道郵便現役時の姿は物心つく前で見た覚えが無く貴重な存在でした。
2001(平成13)年10月14日 彦根車庫 ※許可を得て撮影

大正、昭和、平成と変転を重ねたこの車両、1914(大正3)年のフホハ26登場から90年目の2004(平成16)年に彦根駅東口の再開発でついに姿を消しました。
フホハ26→クハ1212→モハ204→モユニ11

参考文献:
鉄道ピクトリアル2000年5月増刊号(No.685)【特集】関西地方のローカル私鉄(鉄道図書刊行会/刊) ~近江鉄道電車沿革史(藤井 信夫)~
鉄道ピクトリアルアーカイブスセレクション19 私鉄車両めぐり 関西(鉄道図書刊行会/刊) ~私鉄車両めぐり 近江鉄道(白土 貞夫)~
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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

関西私鉄 | 23:37:52 | Trackback(0) | Comments(0)
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