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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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小坂森林鉄道小黒川支線~その2~
木製架道橋に続き濁河川に架かっていた小黒川支線の濁河川橋梁、近くの道路建設に伴い2006(平成18)年頃に撤去されました。
架橋当時の橋梁の写真は2005(平成17)年5月4日撮影です。
・小黒川支線濁河川橋梁
延長40.75m、1934(昭和9)年3月起工、同年10月竣工。
設計荷重は1m当たり12t、6.5t機関車が重連で渡れるようにつくってあるそうです。

IMG_7716.jpg
Iビーム5.48m+ガーダー15.24m+Iビーム9.14m×2
←小黒川 下島方→

鉄桁の製造は宮地鉄工所、1934(昭和9)年8月4日に東京南砂町の工場から他の鈑鋼桁(ガーダー)、展圧工形桁(Iビーム)複数と共に発送されています。
路線の大島貯木場(飛騨小坂)寄りに使われた鉄桁は前年度に岩崎レール商会より購入されてました。

IMG_7719.jpg
小黒川方の一連はカーブしています。

IMG_7718.jpg
濁河川橋梁の小黒川方。
ここから33‰で上りにかかります。

P1000703.jpg
濁河川橋梁が撤去される原因となった道路。
この左奥が1枚前の画像の場所。小黒川支線は左の斜面を上っていました。

P1000695.jpg
小黒川支線はこの右下から上ってきてカーブし道路を横切っていました。

P1000696_201803302230199c5.jpg
小黒川線と接続していた小黒川線起点。
1928(昭和3)~1934(昭和9)年の間は小黒川軌道の土場があり線路が2本あったはずですが幅が狭過ぎる・・・。
下の道路に落として即荷馬車に積み込んでいたのでしょうか。
小黒川では炭焼きが盛んで山トロに炭俵を積んでくることが多かったものと思われます。
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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

森林鉄道(名古屋営林局) | 22:19:11 | Trackback(0) | Comments(0)
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