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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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大井川発電所と大井川鐡道~その3 大井川専用軌道~
大井川専用軌道は千頭駅~奥泉堰堤土場の路線でした。
新線付替え部分が川根小山~奥泉、奥泉~アプトいちしろにありますが井川線千頭~沢間~アプトいちしろと一致します。
路線長が資料によって14.41kmとか16.7kmともあり、現在の千頭~アプトいちしろの営業距離9.9kmとあまりに開きが大きいですがこの理由は謎。側線の距離まで加算しているのでしょうか?
大井川鐵道千頭~崎平に貨車を直通させる必要があることから1067mmに改軌したものの連結器はピンリンク式のまま。
当初は最小曲線半径55m、最急勾配1/30(33.3‰)、レールは森林鉄道2級線並みの9㎏レールでした。
この軌道は戦時中に電力統制で生まれた国策会社日本発送電、戦後分割されて誕生した中部電力に引き継がれ1954(昭和29)年には井川、堂平へ延長。1959(昭和34)年8月1日に運行が大井川鐡道へ移管され専用鉄道から地方鉄道に昇格しました。

●大井川専用軌道の車両
oigawa-e2.jpg
日本動力協会機関誌の「動力」第50号(1937(昭和12)年10月発行)P.22より
GS1形牽引の運材列車。貨車は前から森林鉄道のようなボギー式運材台車のコチ形3車、後ろはコト形が連なっているように見える。レールが極細のため標準軌の軌道であるかのように錯覚してしまいます。
大井川操車場(旧線大井川ダム敷地内?)

大井川専用軌道の車両は1936(昭和11)年の改軌に合わせて新製された大井川電力所属の加藤製作所製8tガソリン機関車GS1形No.1~6の6台、無蓋緩急車コフ形6台、3.5t積み無蓋貨車コト形150台(制動機付45台、制動機無し105台)、4.0t積み長物車コチ形50台(制動機付25台、制動機無25台)、モーターカー1台。1938(昭和13)年に機関車No.7が加わったほかコチ形も18台が増備されていたようです。
コト形は標準的なあおり戸付き2軸無蓋貨車、コチ形は2台1組で1車を構成し木材を積み込むボギー式運材台車でした。
貨車の用途は車体と積み荷の寸法から見てコト形は長さが2.7mと短い黒木(ツガ、モミ、シラベ、ヒメコマツなど)や細切れで運ぶ雑木(ブナ、クリなど)の輸送用。コチ形は長い白木(スギ、マツなど)の輸送用だったものと見られます。
コフ形はコト形の片側に車掌室を設けた緩急車。図面からすると朝顔カプラーと自動連結器を装備していたようでピンリンク式の大井川専用軌道の車両と大井川鐵道の蒸気機関車を連結するためのアダプターの役割があったものと見られます。
今日のCワフ0形の代わりですね。
モーターカーについてはよくわかっていませんが乗用車に軌道用車輪を履かせたようなタイプだった様子。

GS1形は戦後ディーゼルエンジンに換装、DB1形となって戦後転入したDB8、9も加えて大井川鐡道引継ぎ後も大型機が増備されるまで井川線の主力として活躍しました。
戦後はキャブの大型化など改造を受け、末期には現在も残るDB8、9とほとんど同様の車体になっていた様子。

DSC_2226.jpg
川根両国車庫見学会の折に撮影したDB9。

なおDB6、4は1962(昭和37)、1969(昭和44)年に中部電力高根水力専用線(高山本線久々野駅)に相次いで転じ飛騨川最上流部のダム建設資材輸送貨車の入換に使われました。

コト、コチ、コフ形は中部電力専用鉄道となった後も新金谷まで乗り入れていたようですが1953(昭和28)年にトキ200、ワフ0など自動空気ブレーキ、自連付きの本格的な後継車が登場し廃車となりました。
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コチ、コト形後継車のCトキ200形。三菱重工、近畿車両製。

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コフ形後継車のCワフ0形。大井川本線用の並型自連と井川線用3/4自連が縦に並ぶ独特の姿をしています。
日本車輌製。

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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

専用線跡 | 22:39:55 | Trackback(0) | Comments(0)
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