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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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大井川発電所と大井川鐡道~その1 流送と発電所~
大井川鐵道の木材側線の廃線跡~。
かつては電力開発資材、木材輸送で活況を呈した路線で今でも千頭の広い構内や新金谷側線など当時の貨物扱い規模の大きさが偲ばれるものが現役で残っていますが本線系統の側線は新金谷構外側線以外あらかた消えてしまいました。
その内遺構の残る崎平側線を取り上げますが興味深くも複雑な歴史を持ってるので井川線とも絡めてまずは歴史編~。

●大井川の木材流送
大井川流域のの木材輸送は明治以降大井川の水流を利用した流送により島田、金谷まで運んでいました。
江戸時代は徳川幕府により大井川を利用した流送は禁じられていたので流送の歴史は比較的浅かったようです。
幕府が軍事上の理由から大井川の架橋を禁じていたのは有名ですがその一方で最重要「国道」である東海道が筏により遮断されたり渡河の安全が脅かされるのを嫌ったのでしょうか?(だとすると徳川家康の「百姓は生かさぬよう殺さぬよう」を地で行くような政策です・・・^^;)

●大井川発電所の建設
大井川の電力開発は明治時代より始まっていましたが東邦電力系の大井川電力が大井川本流を堰き止める大井川ダム(奥泉堰堤とも呼称)、大井川発電所の建設を1934(昭和9)年に始めています。
大井川ダムは現在の大井川鐡道(以下・大鉄)井川線アプトいちしろ駅の横、発電所は大井川本線崎平駅の2kmほど下流側に位置します。
senzu-map.png
1938(昭和13)年頃の大井川電力専用軌道、大井川鐡道、千頭森林鉄道の略図
大井川ダムより上流からの木材は大井川ダムで陸揚げ堰堤停車場~両国貯木場・千頭~崎平~大井川発電所を鉄道輸送。
寸又川方面からの御料林材は千頭森林鉄道で千頭貯木場へ運ばれていました。
大鉄自体も寸又川奥地の御料林開発を行っていた宮内省と大井川、寸又川電力開発を目論んだ電力会社が株式保有過半数を占め電力開発鉄道かつ森林鉄道としての色合いが濃い鉄道でした。その意味では田口鉄道(後の豊橋鉄道田口線)北恵那鉄道坂川鉄道と同類の鉄道と言えます。
大井川電力のダム発電所計画に対し大井川本流で流送を行っていた大井川川狩組合は強硬に反対、大井川電力に対しダム~発電所の流送が中断する区間の代行手段として鉄道の敷設を要求。
これには千頭~大井川ダムの工事軌道である大井川専用軌道を利用・・・現在の井川線千頭~アプトいちしろの区間に当たります。
大鉄に貨車を直通させるため大井川ダム建設に使った大井川専用軌道沢間~大井川ダムを762mmから1067mmに改軌。
富士電力軌道に乗り入れていた千頭~沢間は引き続き富士電力の762mmゲージ車両も通るため1067mmとの3線軌条とします。
なお富士電力軌道は1938(昭和13)年に宮内省帝室林野局へ譲渡され千頭森林鉄道になりました。
DSC_0809_20150106234502091.jpg
堰堤停車場、木材積込み土場跡にあるアプトいちしろ駅と大井川ダム

大井川専用軌道をガソリン機関車牽引で下った運材貨車は大井川電力と同系列企業である大鉄の大井川本線千頭~崎平に乗り入れ崎平から専用線で大井川発電所の放流場へ至っていました。
驚いたことにこの木材輸送の運賃は全て大井川電力側で持つこととされ、しかも期日の12日以内の輸送ができない場合は大井川本線で新金谷まで電力会社負担で輸送する事と義務付けられました。
富山県の庄川など他の河川で運材側が電力側に敗北、駆逐されていった例から見ると信じられない事ですが川狩組合側に圧倒的有利な状況で運材列車が走り出しました。

P1000258.jpg
大井川対岸の青部地区から見た大井川発電所

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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

専用線跡 | 15:36:51 | Trackback(0) | Comments(0)
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