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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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三重交通北勢線の砂利貨物輸送~その3~(星川砂利線1)
今度は西桑名駅の矢田積卸線への砂利供給元の話です。

●星川駅と砂利線
星川駅は北勢鉄道開業時の1914(大正3)年4月5日にできたものの2年後の1916(大正5)年5月10日に廃止。
1927(昭和2)年9月8日に貨物専用駅として復活。電化後の1932(昭和7)年11月1日に旅客営業を開始しています。
1931(昭和6)年には北勢鉄道が直営で砂利採取を開始。
員弁川へ延びる砂利側線(以下星川砂利線)は1932(昭和7)年に敷かれ、1941(昭和16)年には1,9km延長されています。
本線が電化されていたのに対し側線は非電化のため当初は北勢鉄道非電化時代のコッペル蒸機が流用されていました。
員弁川で採取した砂利は国道1号線の工事などに使われたそうです。
当時は木曽川に尾張大橋、揖斐・長良川に伊勢大橋を架けて名古屋と三重を道路でつなぐ工事が行われていました。

●北勢砂利興業
北勢電気鉄道は1944(昭和19)年2月11日に戦時統合のため設立された三重交通の北勢線となりますが砂利採取部門は独立して北勢砂利興業となります。
また星川駅の旅客営業は同年年7月1日に休止されますが軍需物資でもある砂利の採取、輸送は引き続き行われ側線分岐用の信号所として使われてたようです。
戦後も星川砂利線の主力機をディーゼル機関車化するなど賑わいを見せましたが1959(昭和34)年9月の伊勢湾台風で被害を受け廃止されています。なお台風直前に砂利線の運行は止めていたという話も聞きますが詳細は不明です。
その後もダンプカーで砂利採取を行っていたようですが河床を荒したり地盤沈下を招く川砂利採取は全国的に禁止されていく傾向にあり昭和40年代には員弁川でも砂利採取は行われなくなったようです。

P1010284.jpg
旧・星川駅跡。かつては北勢線を越えた河岸段丘上が集落、下は田園地帯でしたが昭和50年代に下も宅地化しています。
水路と歩道部分は貨車の授受線があったようで、ここで本線牽引機のデ71から砂利線機のコッペル蒸機やD21への機関車付替えが行われていたのでしょう。

P1010285.jpg
旧・星川駅の西桑名方。
航空写真を見ると砂利線に入るには一旦本線を走って100mほどで分岐していたように見えます。

P1010499.jpg
旧・星川駅構内を通過して現星川駅へと向かう西桑名行ク171。
背景の山は藤原岳です。

P1010281.jpg
嘉例川橋梁手前で砂利線は右へ分岐。
田んぼの縁が丸くなっているのは砂利線の線路用地界の名残のようです。
嘉例川を渡って下ると現・星川駅です。何度でも蘇る駅ですね~。
駅前には商業施設が集まり国道421号と県道が分岐する星川交差点があります。
酷い渋滞の巣窟なので訪問は電車がお勧め。
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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

専用線跡 | 00:03:02 | Trackback(0) | Comments(0)
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