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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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四日市採石専用線(三岐鉄道西藤原駅)
西藤原駅富田方にあった採石場の専用線。
白石工業桑名工場専用線の先にあったようで、専用線一覧表では1957(昭和32)年版まで記載があり1964(昭和39)年版ではなくなっているのを確認。1961(昭和36)年版は未確認です。
今では聞かない会社名ですが小野田セメントと関係する会社だったのでしょうか?
小野田セメント藤原工場、三岐鉄道ができた昭和初期に東藤原~伊勢治田にある多志田谷以北は小野田セメント、以南は浅野セメントの鉱区と言うように折半(現在は企業合併によりどちらも太平洋セメント)されており、この採石場は小野田セメント藤原鉱山と隣り合っています。
DSC_0217_20150819235933a02.jpg
東藤原駅南方の多志田谷を築堤で横断する三岐鉄道の炭カル+レール輸送チキの編成。
下方には多志田川を跨ぐメガネ橋も存在。
ここより南(画像右 富田方)は浅野セメントの鉱区とされましたが実際には開発されず今では1か所採石場が存在するのみ。

作業キロ:0.3km
作業方法:社機

P1010510.jpg
西藤原駅富田方より。
本線は22‰の勾配で下っていますが架線柱は本線左側の平坦に敷設された専用線に合わせて作られてます。
そのため本線側は支柱を介して架線を吊る構造に。

P1010512.jpg
西藤原駅との位置関係はこんな感じ。
電車が止まっているのが西藤原駅旅客ホームです。

P1010515.jpg
発車して専用線横を下って行く普通近鉄富田行クモハ101+クモハ102。

P1010513.jpg
南野さんに書き込みいただいたように専用線は踏切付近から手前方向へカーブして延びていた様子。

P1010511-2.jpg
反対方向。
右のフェンスで囲まれた広場が採石場跡。
正面に延びる未舗装道が専用線跡と思われますがこの区間には架線柱など線路を思わせるものは見当たりませんでした。

ここの採石専用線がいつからあったかはわかりませんが砕石とセメントの需要先として同じ三岐線の保々駅に隣接して1940(昭和15)年3月に大同コンクリート工業保々工場ができています。
この工場は四日市石油コンビナートの原形となった第二海軍燃料廠(現在は昭和四日市石油四日市製油所)を建設する資材供給のためにできた工場でした。
燃料廠建設にあたりコンクリート材料のほか埋め立てのためにも大量の砕石を必要としたでしょうからこの専用線ができたのもあるいはこの頃かも知れません。


2018年6月4日追記
資料を調査した結果ただの砕石場ではなく石灰石鉱山だったようです。
石原産業海運四日市工場採石場→四日市採石専用線(三岐鉄道西藤原駅)~補遺~
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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

専用線跡 | 23:50:41 | Trackback(0) | Comments(2)
コメント
四日市砕石
西藤原駅富田方の砕石線ですね!

こちらは、1948年の空中写真では線路が出ていますね!
ただ、1966年の空中写真では無くなっているようです。

しかし、電化されていたと聞いているので、1954年以後にまだ輸送が存在していたと思われます。
2017-09-13 水 20:52:06 | URL | 南野哲志 [編集]
採石線と白石工業線
南野さん、またまた情報ありがとうございます。
1948(昭和23)年版は確かに線路がカーブして採石場内まで入っていますね。
http://mapps.gsi.go.jp/contentsImageDisplay.do?specificationId=207250&isDetail=true
専用線一覧では三岐線電化後の1957(昭和32)年版まで存在が確認できますが1961(昭和36)年版は持ってないので未確認です。
次の1964(昭和39)年版では採石線が無くなった代わりに伊勢治田の白石工業専用線が西藤原へ引っ越してきてますね。
採石が無くなったため専用線空き物件ということで白石工業が入ったのかな?などと邪推してます。
2017-09-13 水 22:53:52 | URL | 西宮後 [編集]
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