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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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北陸本線・京福電気鉄道永平寺線金津駅の専用線群(北陸本線・京福電気鉄道永平寺線金津駅)
北陸本線芦原温泉駅は1972(昭和47)年3月15日に改称されるまで金津駅と言う駅名で、京福電気鉄道永平寺線や国鉄三国線が分岐し、東西南北4方向に鉄道が延びる駅でした。
京福永平寺線金津~東古市は1969(昭和44)年9月18日に廃止されましたが起点部分の僅かな区間が段ボール紙工場の専用線として15年ほど生き長らえてます。
専用線は京福時代は分岐駅の名義が金津駅だったり2つ先の伊井駅になったりした後、永平寺線廃止により国鉄金津駅名義となっていました。

●京福電気鉄道永平寺線と絡む専用線群
1.旭化学工業専用線
作業キロ:0.3km
作業方法:社機
専用線一覧1951(昭和26)~1957(昭和32)年版に載ってるのを確認。1961(昭和36)年版にも載ってるようです。
何をつくっていた化学工場かは分かりませんが国土地理院のページで航空写真を見ると1946(昭和21)年~1962(昭和37)年のものに永平寺線から南側へ分岐する専用線や何のんか煙突のある小さな工場が写ってます。
場所は現在の金津自動車学校、JA花咲ふくい金津の場所。

2.西野製紙所金津工場→福井化学工業金津工場専用線
作業キロ:1番線0.3km、2番線0.1km、3番線0.2km(永平寺線伊井~金津途中分岐) 専用線一覧1967(昭和42年版)
      →0.7km 専用線一覧1970(昭和45)年版以降
総延長キロ:1.5km 専用線一覧1970(昭和45)年版
作業方法:社機→私有機
西野製紙所金津工場は1961(昭和36)年に設立された段ボール紙工場です。
ただそれ以前にも北陸パルプ工業の工場があったようで合併により自社工場としたものを拡張したようです。
1968(昭和43)年10月には社名を福井化学工業と変えています。
化学工業と言うと化成品の企業のようですが段ボール紙の製紙工場に変わりありませんでした。
実際の工程を考えると製紙過程では化学薬品(苛性ソーダなど)でチップ材を煮溶かして繊維を取り出しており化学工業と言えます。
専用線一覧では1967(昭和42)年版以降しか載っていませんが古い地図では1962(昭和37)年時点でも専用線が見えてるので1964(昭和39)年版で掲載されていない理由は謎のまま。
専用線では原料の木材チップ、苛性ソーダ到着、製品の段ボール紙発送があったのでしょうか。
正確な廃止時期は分かってませんが1983(昭和58)年版では既に専用線使用中止となっていました。
工場は専用線使用停止後1991(平成3)年10月に合併によりレンゴー金津工場となり、現在でも段ボールの中しん(段ボールの2層になった紙の真ん中に入る波形の紙)をつくっているそうです。

3.セキサン工業金津パイル工場専用線
作業キロ:0.2km(永平寺線伊井~金津途中分岐) 専用線一覧1967(昭和42年版)
作業方法:社機
1967(昭和42)年版にだけ出ている専用線。前述の福井化学工業と永平寺線を挟んだ南側に1962(昭和37)年11月にできたコンクリートパイル工場。1966(昭和41)年の航空写真で永平寺線南側にも並行した側線がある様子。
原料のセメント搬入やコンクリートポール出荷に使われていたのでしょうか。

P1010023.jpg
現在の北陸本線芦原温泉駅。かつて京福電気鉄道の駅や車庫があった部分は空いたまま。
専用線廃止後も結構後までレールはそのまま残ってました。

P1010024.jpg
京福永平寺線→専用線跡は歩行者専用道になってます。
構内を出てすぐ北陸本線と分かれるとすぐ右の金津自動車学院の方角に旭化学工業金津工場専用線が分かれていました。
工場跡地は自動車学校のコースやJAの事務所に変わって面影はなし。
京福永平寺線廃止より前に工場ごと無くなっていたようです。
左には何かアヤシゲな柵が見えます。

P1010025.jpg
コンクリート製の踏切防護柵ですね。ここは警報機も何もない4種踏切だったと思います。
レールが無くなった後も踏切の面影を残す遺物です。

P1010018.jpg
線路跡から芦原温泉駅を振り返ると下りのサンダーバードが到着するところ。
左は旭化学工業の工場跡の金津自動車学院教習コース~。
この自動車学校は1969(昭和44)年6月創立というので永平寺線が廃止になる直前にできてます。

P1010028.jpg
すぐに福井化学工業改めレンゴー金津工場に突っ込むので奥で右に分岐していたであろうセキサン工業金津パイル工場専用線は遠望するだけ。左には福井化学工業の側線が拡がっていました。

P1010029.jpg
工場手前の踏切跡脇にあった道路標識の跡。
多分「踏切あり」の標識だったのでは?

・京福電気鉄道機
京福永平寺線があった時代はいずれの専用線も「作業方法:社機」とあり京福電気鉄道の2軸機関車、電動貨車テキ6~10、20、デワ100辺りが工場内まで入換で乗り入れてたものと思われます。
永平寺線では電車も貨車を牽いてたので或いは電車も機関車代用で入ってたかも?
f-keifuku-cargo1.gif
車輌イラストは永平寺鉄道引き継ぎのホデハ104形(1930(昭和5)年日本車両製)

●福井化学工業金津工場専用線の私有機
日本輸送機1969(昭和44)年8月製の15t機で製番1203001。
標準的なニチユ15tディーゼル機関車で南四日市の山九DB15などと同型です。
新製時期からすると永平寺線が廃止になり京福電気鉄道の機関車が使えなくなるため代替に購入したものでしょうか。
車体色は日通色で専用線廃止後も個人の手で動態保存されてるとのことで90年代の子供の頃何かテレビ番組に出てきたのを見た覚えがあります。

参考文献:
専用線一覧表(日本国有鉄道貨物局)
機関車表 フル・コンプリート版(沖田 祐作・著/ネコ・パブリッシング)
レンゴー株式会社Webページ
三谷セキサン株式会社Webページ
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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

専用線跡 | 23:19:59 | Trackback(0) | Comments(0)
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