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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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小宮製菓専用線(魚沼線片貝駅)~その1~
頸城から移動した先は1984(昭和59)年4月1日に廃止になった魚沼線。
信濃川を挟んで上越線と並行し存在意義が薄れたものと思われがちなローカル線ですが1974(昭和49)年までは貨物営業も行っており専用線に私有機までいるほどでした。
片貝駅は信越本線と接続した来迎寺駅から3.7kmの隣駅で自転車でも15~20分程度の近さです。
駅のある片貝町は小千谷市の北端。9月に行われる片貝まつりの花火が有名ですが主産業は米を原料としたおかき、あられを製造する製菓業です。

専用線があった小宮製菓も片貝町のお菓子メーカーの一つでした。
1923(大正12)年創業で戦時中は原料の米を食糧に優先して回すため休業。
1953(昭和28)年に製菓業を再開、魚沼線が改軌して営業再開するのはその翌年1954(昭和29)年8月1日のことでした。
1967(昭和42)年時点で従業員291人と片貝町最大の製菓工場だったようです。

作業方法:私有機、手押
作業キロ:0.3km
総延長キロ:0.2km
専用線の保線管理は柏崎保線区担当で1965(昭和40)年時点で255m、貨物営業廃止直後の1975(昭和50)年時点で232mの線路がありました。
(使用レールは40㎏レール108m、37kgレール103m、30kgレール21m)

IMG_20170716_135122.jpg
片貝駅跡。貨物扱いをしていたと思われる広場は公園となっており片貝名物の花火を打ち上げるための筒が並んでいます。
奥が来迎寺方面で右の片貝バイパスに手前側から表一番線、プラットホーム、本線が並んでいました。
一見島式ホーム1面2線の交換駅のように見えますが場内、出発信号機は無く貨物側線、専用線としての使用しか無かったようです。
片貝駅での貨物扱いは1974(昭和49)年度に廃止されており末期は表一番線が撤去され1面1線だったとのこと。

IMG_20170716_135233.jpg
公園の周りに妙なコンクリートブロックが並んでいるなと思ったら踏切の敷石をひっくり返したものです。
陰になって分かりにくいですがレールを設置していた溝が見られます。
魚沼線廃止時に線内で撤去したものを利用したのか全く関係ないところから持ってきたのかは不明。

IMG_20170716_135405.jpg
かつての片貝駅前。駅舎は片貝郵便局になっています。
右前方に見えるいい感じの建物は・・・

IMG_20170716_135442.jpg
元の日通事務所。現在は地元の通運会社さんが使っているようですが玄関先には「日本通運」の文字と丸通マークが残ってます。
専用線一覧の第三者利用欄に日通の名前は見られませんが専用線の運行や荷扱いにも絡んでいたものと思われます。
なお新潟鉄道管理局発行の鉄道統計年報によると片貝駅の貨物取扱量は以下の通り。
1960(昭和35)年 発送(上り)3,099t 到着(下り)10,918t
1965(昭和40)年 発送(上り)8,607t 到着(下り)14,460t
1970(昭和45)年 発送(上り)5,128t 到着(下り)12,426t
1974(昭和49)年 発送(上り)1,229t 到着(下り) 4,551t
到着貨物が多いですが原料(米?)の供給でしょうか。

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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

専用線跡 | 16:32:09 | Trackback(0) | Comments(0)
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