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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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梅雨のくびきのレールパーク 頸城鉄道~その1~
が頸城鉄道初訪問~。
米坂線から羽越、信越線回りで黒井泊でした。初日はとても天気が良かったのですが2日目は曇り時々豪雨~(+ +)

P1000157.jpg
黒井駅南口広場に立つ頸城鉄道新黒井駅跡の碑。
向かいは信越化学や新日鐵直江津製造所(旧・日本ステンレス)で色々なスイッチャーがいたのですが今はコンテナヤードにJR機牽引でコンテナが発着するだけ。

P1000159.jpg
新黒井駅の駅舎があった辺りは駅南口広場になって何も残ってはいません。
加悦SL広場で保存されてる加悦鉄道加悦駅をやや野暮ったくしたような(失礼 )感じの駅舎でした。

P1000170.jpg
新黒井駅を出てすぐ渡る川にはガーダー橋が架かってたらしいのですが現在は橋台を含め見当たりませんでした。
見たところ黒井周辺は元来湿地帯のようです。
信越本線の近隣の駅に「犀潟」、「潟町」、「土底浜」とあるように海岸砂丘とその裏手に湿地帯が拡がっていたのでしょう。

P1000164.jpg
新黒井を出ると廃線跡は2車線道路に。
宿の部屋から撮影したものです。
奥の車が止まっている辺りから道路に合流し左下方面が浦川原方面。
この辺は工業団地化しており全く軽便の面影はありません。

P1000176.jpg
工業地帯を抜け田園地帯を通り百間町へ。
旧頸城鉄道の本社屋と客車庫を中心にくびきのレールパークとなっています。
客車庫には当時の車両たちがまた戻って来ており、往時のように塒として使われています。

P1000239.jpg
2号。
1911(明治44)年独Orenstein & Koppel Arthur Koppel製。
土工用に輸入され品川の埋め立て工事に使われたようです。
その後流山鉄道4号→頸城鉄道3号と転属したとか。
また頸城では2号機(先代)を売却したときに番号をもらって2号機(新)となっています。
頸城では1966(昭和41)年まで現役、その後1972(昭和47)年よりしばらくの間西武鉄道山口線で「謙信号」として走ったことも。

P1000301.jpg
ニフ1
元は青梅鉄道か型客車。か型は1894(明治27)年平岡工場製6両、1897(明治30)年三田工場製2両、二等車からの改造車1両、自社製作車1両の10両があり、その内のどれかだそうです。
青梅鉄道の内ナローで開業したのは現在の青梅線立川~日向和田の区間で1908(明治41)年には早くも1067mmに改軌されています。改軌後は売却されたものの在庫状態でしばらく使われてなかった様子。
魚沼鉄道に入ったものの平行して上越線が開業したため使われず1920(大正8)年に頸城鉄道入りしハ4となっています。
その後は手ブレーキ取り付けやニセスチール化されたりして1958(昭和33)年には荷物車化されニフ1となりました。
廃車は1968(昭和43)年の部分廃止の時だそうで、その後は神戸の六甲山で保管されてました。
木部はボロボロだったので上回りは一部を除いてほとんど復元新製のようです。
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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

ナローゲージ | 23:10:30 | Trackback(0) | Comments(0)
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