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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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座間の砂利軌道~その8(機関車について)~
今回は車両編。ナベトロの製造メーカーは全くわかりませんが機関車は幾らか手がかりがあります。

四ツ谷軌道は相模鉄道、新田宿軌道は小田急が砂利採取船や機関車などを所有し、じっさいに砂利採取を下請けで行う会社に貸与すると言うものでした。従って機関車を製造した場合の納入先は各鉄道会社となっていたようです。

「加藤製作所機関車図鑑(岡本憲之/著 イカロス出版)」巻末の加藤製作所機関車製造一覧から相模鉄道、東急(小田急)に納入された機関車で関係しそうなものを調べて見ました。
①相模鉄道に納入された加藤(倉見採取所の機関車も含まれる?)
 ・1946(昭和21)年3月  5t機5台 製番:23001~23005 エンジン:K-A 軌間:610mm
 ・1946(昭和21)年3月  4t機1台 製番:23006 エンジン:K-B 軌間:?
 ・1947(昭和22)年2月  5t機1台 製番:23052 エンジン:K-A 軌間:610mm
 ・1947(昭和22)年12月  5t機1台 製番:23110 エンジン:K-B 軌間:610mm

②東京急行電鉄(小田急)に納入された加藤
 ・1947(昭和22)年4月  5t機1台 製番:23073 エンジン:K-B 軌間762mm 新田宿営業所

敗戦直後の混乱期で機関車を作る資材も入手が大変な時代にこれだけの機関車(全てガソリン機関車)を発注しています。
当時は進駐軍の厚木、古間木(三沢)基地工事用砂利を供給するためGHQから優先的に機関車を割り当てられたのかも知れません。
なお新田宿軌道や相武台下の新磯軌道では小田急と相模興業により1949(昭和24)年に小田急興業が設立(社長は相模興業の社長が兼任)されて砂利採取を行いました。
軌道の正確な廃止時期は分かりませんが昭和30年代前半にはダンプカーに置き換えられ廃車されたものと思われます。

戦時中の燃料不足の時期も相模川の砂利は軍用資材として重要視されガソリン機関車のガソリンも特配、但し砂利の納入が遅れたり量が少なかったりすると供給を止められたようです。
林鉄のような代燃装置を付けた機関車の写真を見たことはないですが1942(昭和17)、1943(昭和18)年頃には蒸気機関車を入れた(四ツ谷と新田宿どちらかは不明)ようです。
しかし蒸機の重量に軌道が持たず、まともに使われることはなかったとか。

●新磯軌道の酒井?
ナローの産業用機関車と言うと加藤製作所と酒井工作所が二大勢力ですが加藤=土工、酒井=林鉄のイメージが強いですね。
あまり多くはなくても土工用酒井の例は八溝山のフランケン機関車など現存例もあります。
「相模川新磯鉱区から相武台地区に至るナベトロ軌道 ~小田急砂利軌道運搬についての協働調査から~」のP.53の機関車の写真(「小田急二十五年史」所収の写真と見られる)でキャブに「A1」と書かれたガソリン機関車が写っていますが、この機関車はキャブの構造やラジエター上部に”SKW”の陽刻らしきものが薄らと見えることから酒井工作所製と見られます。
araiso-A1.png
小田急砂利新磯軌道A1 塗装は不明なので仮に黒としています。
キャブが低屋根構造となっており鋳物台枠も低床タイプが使用されています。
路線中に高さ制限の厳しい箇所があったようです。
酒井の機関車は屋根が丸いタイプが多く、加藤の角張ったキャブより若干スマートなイメージがありますが戦中、戦後に製造された機関車に一部屋根の角張ったタイプが見られました。
このタイプの酒井機は現存するものがありませんが王滝森林鉄道の王滝営林署No.52製造当初のキャブがこれとよく似たタイプでした。
同機は事故でキャブを潰してしまい他の機関車のものと振り替えたため運転室は異なった姿になってますが低床台枠などに共通点が見られます。
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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

ナローゲージ | 21:21:19 | Trackback(0) | Comments(0)
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