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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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座間の砂利軌道~その3(四ツ谷軌道上部軌道)~
座間市内の砂利軌道路線図。2万5千分の1地形図 座間(昭和29年修正測量)を元に描いています。
上部軌道のルートは1941(昭和16)年の航空写真に見える廃線敷らしいルートと「座間むかしむかし 第28集(座間市教育委員会)」の記事「ナベトロ線のこと(佐藤 章/著)」を参考にしています。


まずは昭和砂利興業→相模鉄道砂利部の運行していた軌道です。
610㎜軌間でガソリン機関車がナベトロを牽引していました。
1933(昭和8)年の開業時から1937(昭和12)年頃に相模鉄道(現・JR相模線)入谷駅接続に変わるまでの積替え駅は小田原急行鉄道新座間駅・・・現在の小田急小田原線座間駅でした。

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現在の座間駅下りホーム。上りホーム横まで大木が延び風に揺れる葉擦れの音が爽やかです。
この木立と駐車場の有るスペースに四ツ谷軌道の木造桟橋が入っていたようです。
桟橋の横には小田急の側線が引き込まれ無蓋貨車にナベトロから砂利を落としていたのでしょう。
なお新田宿からの小田急砂利トラック輸送は東口(画像左手)に発着していたらしくこちらにも側線があったのでしょうね。

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側線と桟橋軌道の跡は駐車場や駐輪場になっています。
この土地は小田急の本線に合わせて周囲より高く平坦に造成されており元々側線が敷かれていたことを窺わせます。
なおこの平地は新宿方ではぷっつりと途切れていることから側線は小田原方から分岐していたものと思われます。

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座間駅西口。奥が積み替え桟橋の跡。
ここを桟橋軌道へ上り下りする土工用機関車牽引のナベトロ列車が通っていたはずですが今となっては信じがたいような光景。
戦前の短期間走っただけの上部軌道の跡は都市化、宅地化ですっかり消え失せて何も名残りはありません。
上部軌道は駅前のスクランブル交差点(道幅はごく狭いのですが)の場所を斜めに突っ切りS字カーブを描いてインクラへ達していたとか。
なお当時の周囲は殆んど畑ばかりだった様子。

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上部軌道はごく短距離の300mほどでインクラ上部にたどり着きます。
上部軌道の機関車はここで切り離し、ナベトロを4、5台ずつに分けてインクラ巻上げ機につなげインクラ下へ降ろしていました。
今ではごく一般的な住宅街と河岸段丘の緑地の境に過ぎません。

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1つ前の写真の位置から振り返った様子。ここからインクラインは前方へ向け崖に桟橋を掛け座間高校の横へ降りて行ってたようです。桟橋だったためか崖にインクラの路盤は見当たりません。
機械油が染みた巻き上げ機の据え付け跡が結構後まで残っていたらしいのですが・・・。
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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

ナローゲージ | 22:51:31 | Trackback(0) | Comments(0)
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