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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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座間の砂利軌道~その1~
本厚木に住んでいた頃調査してましたがそのままとなっていた相模川の砂利軌道。
相模鉄道(現・JR相模線、母体となった相模線は国有化されましたが企業自体は合併した旧・神中鉄道線の相鉄本線やいずみの線を営業して続いてます)、小田急が持っていたナロー軌道と言うことで数回に分けてアップします。

①相模鉄道の砂利輸送
相模川では地元の住民による手篩による砂利採取が細々とおこなわれていましたが1923(大正12)年9月1日の関東大震災後コンクリート建築の普及が一気に進み、骨材としての砂利需要が高まりました。
当時茅ヶ崎から相模川に沿い橋本へ線路を延ばしていた相模鉄道(現在のJR相模線)は砂利輸送に力を入れ、1930年代の世界恐慌下に中小砂利採取業者が経営不振に陥っていた時でも自社に砂利部を作って直営砂利生産事業を行っていました。
相模鉄道砂利部は相模川の倉見(倉見駅付近)、入谷(入谷駅付近1935(昭和10)年6月23日貨物駅として開業)、新戸(相武台下駅付近)に砂利採取所を開設し茅ヶ崎から省線経由で汐留駅の自社砂利専用側線まで首都圏への貨車輸送、販売を行いました。
IMG_1506.jpg
旧・相模鉄道入谷採取所があったと思われる付近の相模川。
昭和30年代に相模川の川砂利採取が規制、禁止されるまでこの川砂利を土木工事やコンクリート骨材に利用していた。


倉見にはナベトロ軌道(軌間610㎜?)が設けられガソリン機関車が倉見駅構内まで砂利を輸送して桟橋上から相模鉄道の無蓋貨車に砂利を落として積替えていました。
IMG_0775.jpg
ナベトロ軌道が接続していた倉見駅。
相模鉄道が1926(大正15)年の開業時にお得意のコンクリートで作った駅舎が健在。
アーチ型デザインの入口が可愛らしい印象に仕上がっている。2駅橋本寄りの社家駅も同デザイン。
写真は後方に圏央道の高架ができる前の撮影。


②小田急の砂利輸送
小田原急行電気鉄道・・・現在の小田急小田原線新宿~小田原全線が1927(昭和2)年4月に複線電化で一気に開通します。
訂正:新宿~稲田登戸(現・向ヶ丘遊園)は単線で開業、小田原までの全線複線化は同年10月。
非電化で蒸機、ガソリンカーが走るローカル私鉄に過ぎない相模鉄道と違い首都圏と直結する高速電気鉄道として建設されましたが、運悪く開業が昭和金融恐慌の時期に当たってしまい、沿線への住宅開発による乗客増加を目論んでいたのが外れてしまいました。
旅客営業が低迷する一方で1929(昭和4)年11月14日より始まった貨物列車による砂利輸送は想定以上の伸びを見せます。
小田急も部内に砂利課を置き1934(昭和9)年に相模川の新磯、新田宿に砂利採取所を開設します。
新磯鉱区は面積991,700㎡、砂利採取船3隻、ガソリン機関車6台(4t機4台、10t機2台)、900㎥のホッパーを設備し新磯~座間駅(現・相武台前駅)には4㎞以上のナベトロ軌道(軌間762㎜)が敷かれガソリン機関車がナベトロを牽引しました。
相武台前駅の新宿方ではナベトロ線の木橋が小田急線をオーバークロスするという今からでは信じ難いような光景が見られたとか。
こちらの路線は相模原市立博物館研究報告「相模川新磯鉱区から相武台地区に至るナベトロ軌道 ~小田急砂利軌道運搬についての協働調査から~」で大変詳しく調査、報告されているのでナロー、産業鉄道ファン必見です。
DSC_0260.jpg
当時は農村地帯だが線路自体は都市型鉄道として開業した小田急線。この奥の線路が登った先が当時の座間駅(現・相武台前駅)で新磯からのナベトロ線がオーバークロスしていた。

新田宿鉱区は面積330,600㎡、砂利採取船2隻、ガソリン機関車2台、ナベトロ20台を設備。
当初のナベトロ軌道(軌間762㎜)は河中の採取所から河原を川岸付近まで敷かれて、そこでトラックに積み替え新座間駅(現・座間駅)まで輸送していました。特に路線名などの記述がないので以下「小田急砂利新田宿軌道」または「新田宿軌道」と呼びます。
小田急の各駅に集められた砂利は相模厚木(現・本厚木)~東北沢で運転されていた砂利線用貨物列車で東北沢の砂利側線まで輸送され都内で販売されました。

③昭和砂利興業のナベトロ軌道
小田急直営の砂利輸送が始まる直前の1933(昭和8)年に昭和砂利興業が相模川の四ツ谷~新座間のナベトロ線(軌間610㎜)を敷いて砂利輸送を行っています。
この軌道は現在の座間高校の付近から相模川の河岸段丘上に上がるためインクラインを挟んで下部軌道、上部軌道に分かれた大規模なものでした。
この軌道については以下「四ツ谷軌道」と呼びます。
DSC_0275_20170610223212c8f.jpg
座間高校東側斜面のインクラ軌道跡付近に残る軽レール。
6kgレールよりも細いようでインクラ軌道用のレールと思われる。
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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

ナローゲージ | 23:45:11 | Trackback(0) | Comments(0)
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