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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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那珂川の尾小屋鉄道DC122
産業機が多い那珂川では唯一の旅客私鉄向け機関車。元・尾小屋鉄道DC122
1958(昭和33)年10月協三工業製12t機。
蒸機2号(1917(大正6)年大日本軌道鉄工部製)の部品流用と言いいますが実際に流用品があるのかは不明です。
尾小屋鉄道は石川県の尾小屋鉱山から小松まで銅鉱石輸送のために敷かれた鉄道でしたが鉱石輸送は1956(昭和31)年度でトラックに移行して実質終了しており、DC122はラッシュ時に客車列車牽引や僅かな一般貨物との混合列車牽引が主な役割だったようです。

DSC_1354_20170526225223434.jpg
那珂川清流鉄道保存会の係員さんによるとエアブレーキ用の圧搾空気供給に使うコンプレッサが不調で走らせられないとのこと。
森林鉄道の5t機程度なら手用ブレーキで止めますがさすがにこれだけ図体が大きいと手ブレーキのみでは不安があるのでしょう。
因みに貫通ブレーキはなく客車も機関車のブレーキのみで止めていたようです。
通勤通学列車では4、5両の客車を牽いていました。

img060.jpg
1977(昭和52)年3月20日の尾小屋鉄道廃止後も長らく赤門軽便鉄道保存会の手で旧・尾小屋駅構内にて保管されていました。
エンジン側から見た様子で奥が線路終端方向です。当時はまだクリーム色や端梁の赤塗装がよく分かりました。
尾小屋鉄道現役末期のDC122の写真を見るとエンジン側を尾小屋方、非エンジン側を新小松方に向けていたのでこの時には現役時と前後逆を向いていた事になります。
後方に見える車庫には動態保存のキハ2、ホハフ7が入っているとのこと。
赤門軽便鉄道保存会の活動も終了したようですがキハ2、ホハフ7は今どんな状態なのかも気になるところ。
撮影日:1994(平成6)年5月3日

DSC_1028.jpg
錆び具合がさらに進んでこのような状態に。
それでも上の写真の位置から留置場所が移動してます。
草生して分かり辛いですがレールの上には載ってます。
動態保存のキハ2で移動させたのでしょうか?
撮影日:2011(平成23)年9月11日

DSC_1032_20170526225308fbb.jpg
非エンジン側はラジエターグリルの代わりに3本のビードが目立っていました。
こんな状態から一枚目の写真の状態まで復元したんですねえ。
撮影日:2011(平成23)年9月11日
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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

スイッチャー | 06:46:43 | Trackback(0) | Comments(0)
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