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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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農林省石川食糧事務所専用線~2~(北陸鉄道石川線西泉駅)
西泉の石川食糧事務所政府倉庫専用線の追加情報~。
追記で済ませようかとも思ったのですがボリュームがあるので分けます。
農林省石川食糧事務所専用線~1~(北陸鉄道石川線西泉駅)

食糧管理月報にこの政府倉庫や専用線のことが書かれていました。
かつての構内図も出ていたので専用線+αを書き加えて見ました。
nishiizumi-food-office1.png
2017(平成29)年2月現在残っているのは倉庫1~8号棟と事務所だけですがかつては官舎や詰所が建ち並んでいたようです。

●金沢市が建設した倉庫を国有化
この倉庫は金沢市が市有地に建設しており1934(昭和9)年6月7日着工、同年10月31日竣工。
専用線もこの時期に敷かれたのではないかと思われます。当時は金沢電気軌道唯一の電気機関車ED1・・・現在の北陸鉄道ED201もまだ登場していない(1938(昭和13)年木南車輌製)ので電車が貨車の入換を行っていたものと思われます。
この市営倉庫は1938(昭和13)年8月16日に金沢市が政府に寄付、政府倉庫となりました。
太平洋戦争敗戦直後には米軍放出品の缶詰を大量に保管したこともあったそうです。
ed201-030813-1.jpg
市営倉庫が政府倉庫となった頃に導入された金沢電軌ED1→北陸鉄道ED201。
当時金沢市は工業化に積極的で「大金沢」建設を標榜し周辺町村を合併、これら新市域となる郊外に工場誘致を進めていました。
石川線沿線もこの郊外を通っているため市の政策に呼応して機関車を導入したのでしょうか。


●名鉄の北陸進出の影響も?
1963(昭和38)年12月には当時北陸進出を狙い近畿日本鉄道と激しく争っていた名古屋鉄道がこの倉庫や周辺の敷地を買い取り交通基地(バス営業所?)を建設しようと目論んだものの実現しなかったという出来事も。
前年の1962(昭和37)年5月には北陸鉄道が名鉄傘下に入っており、その直後から北鉄の車体更新用に中古の名鉄電車が転入、また金沢市内線全廃時には市内線車両が大挙して名鉄岐阜市内線へ転出しました。
tc1723-890915.jpg
北鉄が名鉄傘下となった後に導入された名鉄のセコハン電車の1両クハ1723。
車両の詳細は北陸鉄道の旧型車3で掲載。

●専用線の廃止
専用線は1971(昭和46)年6月に撤去して線路跡を舗装とありました。
1970(昭和45)年に北鉄直営ボウリング場のジャンボボールができてからも1年ばかりは敷地を専用線が横切ってたのでしょうかね?ボウリングに行ったら敷地を専用線が横切ってる・・・って何かすごい光景(笑)
DSC_0335-1.jpg
実際にはレールは一部撤去しただけ。
護輪軌条の敷設状態を見ると専用線現役時から舗装されて併用軌道になっていた感じ。

専用線廃止の理由は
①専用線が交通量の多い県道を横断するため入換作業が交通の支障となること
②北鉄石川線の国鉄側接続駅西金沢駅の貨物が廃止になったこと
とありました。
①は分かりますが②の国鉄西金沢駅貨物取扱い廃止はもっと後のことなので専用線廃止の理由としては当てはまらない気がします。国鉄当局から貨物取扱廃止をほのめかされて早々に鉄道輸送を諦めたのかも知れません。

この倉庫群、建設時は一面の田園地帯に威容を誇っていたと言いますが今では周囲の建物に埋もれてしまっています。
専用線という変わった方面からのアプローチでしたがこの倉庫の歴史的意義は覚えておきたいものです。

参考文献:
食糧管理月報 昭和51年9月号 ~政府倉庫の今昔-5-石川食糧事務所(岡山 貞夫)~
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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

専用線跡 | 21:53:33 | Trackback(0) | Comments(0)
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