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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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飛騨古川駅側線、デンカセメント飛騨古川サービスステーション専用線(高山本線飛騨古川駅)
前回から間がありますが高山本線飛騨古川駅の貨物側線跡と専用線2回目です。
1回目はこちら→名古屋営林局(古川営林署?)貯木場専用線(高山本線飛騨古川駅)

かつては貨物が盛ん・・・というより貨主客従と言う感じの駅で半キャブ10t貨車移動機も配置されていました。
1回目で扱った古川営林署や神岡鉱山の後にもセメントや一般貨物の扱い量は多かったようです。
DSC_0067_20161222221414b5c.jpg
富山方から見た駅構内線路右(駅本屋側)の片流れ屋根建物の辺りに側線3本と貨車移動機用の小さな動車庫がありました。
今でも引上げ線(右端手前に延びる線路)だけは残っています。
跨線橋上に人影が見えますがこれも例によって「君の名は。」効果。
専用線跡探索中常に入れ代わり立ち代わり人影が見えてました。

DSC_0065.jpg
上の写真の壱から富山方を見た様子。
引上げ線の長さはかなりのもの。本線をなるべく支障せず、なおかつ平坦な線路上で長い貨車の入換を行えるようにしたのでしょう。
引上げ線末端では貨車移動機ならぬ除雪用モーターカーが冬支度中。

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新潟鐵工所→新潟トランシスのMCR-600のようです。
かつて飛騨古川にいた貨車移動機は佐藤工業1969(昭和44)年製の半キャブ10t機。機械番号は06-28-01-037でした。
機械番号が1番違いで同タイプの機械番号06-28-01-036は稲沢配置で2016年12月現在も現役です。
06-28-01-037は後に飛騨古川から東海道本線蒲郡駅から延びていた蒲郡臨港線へ転属したようです。

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岐阜方から見た様子。右が前回扱った貯木場跡や木工所があったところ。
末期は原木でなく木材チップが出荷されてたようで現在も残る貨物ホームにはトラ90000型チップ専用貨車が横付けされていました。



●デンカセメント飛騨古川サービスステーション専用線
作業キロ:0.2km 総延長キロ:0.2km
作業方法:国鉄動車

デンカセメント飛騨古川サービスステーション(以下飛騨古川SS)は1969(昭和44)年11月11日開設。
サイロの貯蔵能力は2,000tでした。
前述の半キャブ10t機06-28-01-037も1969(昭和44)年製なので恐らく飛騨古川SS開設による貨物取り扱い増を見込んで新製したのでしょうね。
飛騨古川SSは富山営業所(現在の北陸支店)に属していたとのことなのでセメントは青海工場から専用鉄道、北陸本線青海駅を経て送られていたのでしょうか。

DSC_0068_2016122222141621b.jpg
専用線は岐阜方より東側へ分岐してすぐに飛騨古川SSに至っていました。
左の安全側線が当時の専用線分岐部そのものではなさそうですが大体同じ位置で分岐していたようです。

DSC_0069_20161222221417dae.jpg
飛騨古川SSのサイロと積み降ろし側線跡。
今では草っ原になっています。
高山本線の車内からやgoogleの航空写真で見ると若干路盤の拡がりが分かる程度。

参考文献:
デンカ60年史(デンカ60年史編纂委員会/編 電気化学工業)
機関車表 フル・コンプリート版(沖田 祐作・著/ネコ・パブリッシング)
専用線一覧表(日本国有鉄道貨物局)
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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

専用線跡 | 23:36:32 | Trackback(0) | Comments(0)
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