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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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帝国鉱業開発天生鉱山専用線~2~(高山本線角川駅)
帝国鉱業開発天生鉱山専用線の続き~。
富山方の神社踏切を渡ってホッパーの傍へやって来ました。

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ホッパーまで自動車が近付ける道路はありません。
向こうから現れたのはワイドビューひだ14号名古屋行。

DSC_0056_2016110321373989e.jpg
貨車への積込口の跡が5か所。
今では枕木を挟んで塞いであります。コンクリートは荒っぽい作り。
ここで通りかかった農作業帰りの地元の方に伺うと天生(あもう)金山の鉱石輸送のためにできたホッパーとのこと。
天生鉱山から角川駅ホッパーまでは索道で鉱石輸送を行っていたそうです。

DSC_0044.jpg
バラストに混じる白い石が貨車からこぼれた鉱石と教えてもらいました。
白い石の正体は石英です。金鉱脈は石英の周りに集まるとブラタモリで言ってましたね。

DSC_0053.jpg
ホッパー上部。積み出し口の跡。右の索道発着所は墓地や畑になってます。

DSC_0064_20161103213740065.jpg
神社踏切越しに見たホッパー、その後ろの山へ天生鉱山への索道が続いていたはずです。



現地調査の後で教えてもらった天生鉱山のことを資料調査すべくこういう時の駆け込み寺=図書館の郷土資料コーナーへ♪
「君の名は」劇中にも出てた飛騨市図書館が丁度次の目的地飛騨古川駅のそばにあります。
聖地巡礼してる人が館内で撮影しているのが思っていた以上に多かったですが・・・君の名は効果恐るべし。

さて資料調査からわかったことは以下の通り。ホッパー発見から約1時間半でここまで調査できました。
現地で天生鉱山と教えていただいたおかげです。
参考資料:飛騨河合村誌 通史編(河合村役場/編)

<天生金山>
江戸時代から採掘されていた歴史のある金山で、伝承では飛騨の鉱山王・茂住宗貞が発見したとされる。
明治以降は個人経営が続き1939(昭和14)年に国策企業の日本産金株式会社の経営に移る。
当時は鉱夫200人、社宅27棟や診療所、商店が建ち並び鉱山が経営する小学校もあったとのこと。
居住者は500人を数え鉱山町となっていた。1941(昭和16)年の産金量は94.4kg。
1943(昭和18)年 大火消失
1944(昭和19)年 帝国鉱業開発が引き継いで再建したものの再び大火で焼失。
  ※復旧時に荒町精錬所~角川駅ホッパー索道建設。
  ※当時は金より製鋼用の硝酸鉱生産が軍需物資として優先されていた様子
戦後 帝国鉱業開発から合同資源に改称
1947(昭和22)年頃 政府補助打ち切りにより経営難。閉山。

<天生鉱山索道(仮称)>
運行区間:荒町精錬所~角川駅ホッパー:8.2㎞(地図上実測直線距離)
運行期間:1944(昭和19)年頃?~1954(昭和29)年10月
金山の精錬所があった荒町から角川駅のホッパーを結んだ貨物索道。
金山の閉山後も天生黒鉛鉱山の黒鉛鉱石輸送に引き続き使用。
1950(昭和25)年には帝国鉱業開発が新工業開発に社名変更し朝鮮戦争特需で黒鉛鉱山は活況を呈します。
しかし1954(昭和29)年には経営不振に陥り10月には索道が廃止されたとのこと。
ホッパーも索道と共に生まれ使用停止になったのでしょう。

精錬所と角川駅を直線で結んでみるとこんな感じ。基本的に索道は直線なので以下ルートを通っていたのでしょうね。
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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

専用線跡 | 22:00:11 | Trackback(0) | Comments(0)
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