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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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元・井笠鉄道ホハ18、19
丸瀬布の客車というと元・井笠鉄道の客車がいますが標記が消されてていまいち元の番号がよく分かってませんでしたが一応特定できました。

と言うわけでまずは元・井笠鉄道ホハ18、19号から。
ルーツを辿ると両備軽便鉄道(現在のJR福塩線 福山~塩町の前身)が1925(大正14)年に日本車輌で新製したナ19、20号。
両備軽便鉄道は同時にナ16~20の5両を購入してますがナ16~18は1933(昭和8)年に両備鉄道(国有化時には「軽便」の2文字が取れてた)が国有化されたとき路線と一緒に鉄道省に籍が移ったものと見られます。
ナ19、20は国有化からから漏れた支線(高屋~神辺)を別会社化した神高鉄道に引き継ぎ。
ところがこの会社も一支線だけでは経営が立ち行かなくなり、両備時代から神辺で接続、相互乗り入れも行っていた井笠鉄道が1940(昭和15)年1月1日に運営を引き継ぎ同鉄道の高屋線に編入しました。
ナ19、20は井笠鉄道ホハ18、19となり、井笠鉄道線全廃の1971(昭和46)年まで使われたようです。
その後1972(昭和47)年より西武鉄道山口線の蒸機運行用として井笠鉄道1号機とともに西武鉄道へ送られ西武35,36号となっています。
1985(昭和60)年に山口線が新交通システムに改修されてからは西武鉄道が運営していた遊園地ユネスコ村に静態保存されてましたが1993(平成5)年に丸瀬布入りして動態復活したとのことです。

DSC_0918_20160728000322c1f.jpg
両備ナ20→神高→井笠ホハ19→西武36と移り変わった客車。
丸瀬布では番号標記がないですが展望スペースがない方の車両ということで見分けられます。
井笠時代はオープンデッキではなくドアがあり、ドア下には大きめのステップもあったのですが西武(ということは所沢工場でしょうね)でオープンデッキに改造されたようです。
原形のままと思ってましたが結構大胆にいじられてますね~。

DSC_1086.jpg
両備ナ19→神高→井笠ホハ18→西武35。
こちらは西武時代のまま。ローズピンクは西武旧型電機のイメージでしょうか。
そう言えばステップだけでなく台車もより小型のダイヤモンドトラックに交換されています。
両備鉄道の本線はナローながら1927(昭和2)年に直流600Vで電化(神高鉄道となる支線は非電化)されておりこれらの客車も日立製凸型電機に牽かれたこともあったはず。

DSC_0884_2016072800032034d.jpg
35(井笠ホハ18)の妻面には西武時代の標記もそのまま。


2016(平成28)年8月5日追記

両備鉄道から鉄道省に移った3両内2両の行方が分かりました。
ナ16、18は両備鉄道引継ぎの福塩線(福塩南線)が1935(昭和10)年に改軌完成したことで同線起点の福山から瀬戸内海の鞆の浦へ延びていた鞆鉄道へ払い下げられていました。
鞆鉄道は1954(昭和29)年3月に鉄道営業を廃止しておりこの2両も同時に廃車されたと見られます。
残るはナ17ですがどこかに払い下げられたのか国鉄で廃車になったのか?

両備ナ16→鉄道省ケコハ235→鞆ボハ11 
両備ナ17→鉄道省ケコハ236?→?
両備ナ18→鉄道省ケコハ237→鞆ボハ12
両備ナ19→神高ナ19→井笠ホハ18→西武35→ユネスコ村(静態保存)→丸瀬布いこいの森
両備ナ20→神高ナ20→井笠ホハ19→西武36→ユネスコ村(静態保存)→丸瀬布いこいの森
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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

保存車 | 00:25:30 | Trackback(0) | Comments(0)
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