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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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進駐軍滋賀農場専用線(江若鉄道滋賀駅)~その1~
大津市内にあった進駐軍専用線。
1969(昭和44)年11月1日に廃止となった江若鉄道の滋賀駅から分岐していた専用線。
軍用線だけに謎が多い専用線で今後も引き続き資料調査が必要になりそう(- -)

作業キロ:12.0km
作業方法:江若鉄道機?

青線が江若鉄道の本線で、現在の湖西線とルートが被ったり離れたりしてます。
湖西線建設時に高速走行を前提とするため江若時代の急カーブを緩和したルート変更が行われたようです。

専用線は航空写真と現地調査から黒線で書き入れて見ました。

●専用線のルーツは海軍航空隊
現在の湖西線唐崎駅東側に戦前滋賀海軍航空隊が置かれ資材輸送のために既に専用線が敷かれたそうです。
1941(昭和16)年には現在の陸上自衛隊大津駐屯地の位置に大津海軍航空隊が置かれ、太平洋戦争中に滋賀飛行場の滑走路も完成したようです。

●進駐軍の水耕農場
1945(昭和20)年の太平洋戦争敗戦後、進駐軍によりこれらの海軍施設は接収されました。
滋賀海軍航空隊は進駐軍の食糧供給のため野菜を水耕栽培する農場となりました。
当時日本国内で栽培されていた人糞肥料を使用した野菜は感覚的に受け付けられなかったのでしょう。
西武多摩川線多磨墓地前駅にも同じような水耕栽培農場の専用線がありました。
大津海軍航空隊跡地は進駐軍キャンプ大津B地区(A地区は今の皇子山総合運動公園辺りとのこと)となり、かつての滋賀飛行場滑走路を横断して専用線が敷かれたようです。
この専用線は元々飛行場への資材輸送で敷かれていたのを延長したのようですが詳細は分かりません。

DSC_0314_201605052249306f0.jpg
江若鉄道滋賀駅の近江今津寄り。
廃止の頃まで一面の田園の中に相対式ホーム2面2線がポツンとあるだけの長閑な駅でした。
今では湖西線の高架が通り、周囲も住宅街と化したためその面影はありません。
専用線は近江今津よりにしばらく本線を走ったところから分岐していたようです。

DSC_0317_20160505224931259.jpg
進駐軍キャンプ大津B地区へ向かう専用線は急カーブでUターンしていました。
そのカーブ途中が土地区画で残ってます。
左のカーブした住宅の列が専用線跡。専用線の面影があるのはここだけでした。

DSC_0319.jpg
専用線は左奥から右手前へ横切っていたはずですが何も残ってません。
右には一直線にフェンスが続きますが旧・滋賀飛行場滑走路の名残です。
現在は学校や保育園、自衛隊の官舎が一直線に並んでいます。

DSC_0320_20160505224933dc0.jpg
国道161号線を横断して湖岸の進駐軍キャンプ大津B地区へ入っていました。
現在は陸上自衛隊大津駐屯地となっているので中に専用線の面影があるかどうかは分かりません。
1957(昭和32)年に進駐軍からは返還されたと言うことなので専用線の使用停止もその頃と思われます。
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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

専用線跡 | 23:39:54 | Trackback(0) | Comments(0)
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