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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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奥三河郷土資料館の田口鉄道モハ14
旧・三河田口駅から田口の市街地に上り、さらに高台に上ったところにある奥三河郷土資料館。
こちらで田口鉄道モハ14が保存されています。

IMG_0061.jpg
1925(大正14)年日本車輌製で豊川鉄道(現・飯田線 豊橋~大海)が電化時に導入したモハ14が前身で田口鉄道の車両ではありませんでしたが相互乗り入れで田口線内で運用に就くことも多く元々縁のある車両です。
木造車体に鋼板を張り付けた所謂「ニセスチール」車で、同時期の鋼製、半鋼製車と比べると窓が小さく屋根も深いのでずんぐりした印象。
同時期の日車製電車はそろそろ半鋼・鋼製車に移って行く頃で他に同タイプの車両は見当たりません。
強いて言うなら丸子鉄道デ200→上田丸子電鉄モハ3350形や尾西鉄道デボ200→名鉄モ200辺りが近いでしょうか?

現・飯田線区間では豊川鉄道にモハ11~15、姉妹会社の鳳来寺鉄道モハ10が在籍し共通運用に就いて豊川、鳳来寺、田口さらには三信鉄道にも乗り入れ現在の飯田線南部区間の主力車両になっていたようです。
国鉄買収後は木造車のためか昭和20年代半ばには全廃となっており、モハ11、12は廃車、モハ10、13は大井川鉄道モハ201、202に、モハ14、15が車号はそのままに田口鉄道へ払い下げとなっています。
豊橋鉄道田口線となってからは1964(昭和39)年に形式から「ハ」が消えて名鉄流にモ14、15となっていました。

DSC_0313_201603252224561ac.jpg
モハ14と15は同型ですが尾灯がモハ14は埋め込み型なのに対しモハ15は外付けのガイコツ型でした。
前面のサボ受けと手すりは豊橋鉄道時代に取り付けられたようです。
豊川鉄道時代は路面電車のようにサボの位置に前照灯が付いていました。

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前面の丸みは結構強目。
車体塗装は豊川:グリーン→国鉄:茶色(?)→田口:青+黄→茶→茶+黄(蒲原鉄道風?)と移り変わってます。

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木造車の特徴であるトラス棒が間近に見られる貴重な存在。
木造の車体が緩んで来たら中央のバックルを締めて調整するというもの。
床下機器の説明も細かく付けられていてわかりやすいです。
ただし4基付いていたはずのモーターは廃車時に他車へ流用されたのか取り外されています。

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運転席と客室の仕切り上部幕板に残る14の車号と日車の銘板跡。よく見ると車号の上にもう一つ14の文字跡が見えます。

IMG_9682.jpg
車内は半分が元の座席、もう半分は田口線に関する展示コーナーとなっています。
窓が小さいためか車内はやはり暗めな印象。前述の尾西鉄道デボ200や丸子鉄道デ200は幕板部分にも窓が付く洒落たデザインでしたがこれよりは明るい車内だったのでしょうか。
丸屋根構造なのですが室内から見るとダブルルーフ風になっているのが面白いところ。
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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

保存車 | 23:00:46 | Trackback(0) | Comments(0)
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