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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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城北線のこと~5~未成区間(小田井~清州)
線路建設予定地跡はしばらく消えますが東海道本線(稲沢貨物線)合流直前で再び現れます。

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愛知県道67号名古屋祖父江線(国道22号旧道)と交差すると清洲文化広場という遊歩道になっています。
左に見えるのは清洲城復元天守閣。

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復元天守のすぐ横を未成線・・・あの上から線形がよく見えるのでは?

DSC_0214.jpg
と言うわけで上から(笑)
まずは五条川を渡り稲沢線と合流する予定だった方向。
この辺は城北線(計画時は瀬戸線)とどのように合流させる気だったのか全く見当がつきません。
丁度左の稲沢線上をEF64-1000牽引のコキが通過中。
前方に見える高架は小田井で城北線と並走してから分かれ東名阪道へと続いている名二環。

DSC_0215_201512212317105da.jpg
そして今歩いて来た方向を見ると鉄道らしい緩くカーブした線形の清洲文化広場が。
遠くには名古屋高速や城北線の高架も見えています。

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この辺で合流するつもりだったのでしょうかね?
前方左の木立は実際の清洲城跡(復元天守閣の場所は実際の清洲城跡ではない)です。
その左から瀬戸線の高架が延びて来る計画だったのでしょうが実際にできていたら清洲城跡は鉄道に蹂躙されつくした史跡となっていたところ。
因みに清洲城址は右(西方向)に拡がっており稲沢線、東海道本線、東海道新幹線は清洲城を東西に分断しています。
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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

廃線跡(一般鉄道) | 22:33:43 | Trackback(0) | Comments(0)
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