■プロフィール

にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

■最近の記事
■最近のコメント
■最近のトラックバック
■月別アーカイブ
■カテゴリー
■閲覧数(2014/8/12~)

閲覧数(2014/8/12~)

■ブログ内検索

■RSSフィード
■リンク
■ブロとも申請フォーム
「山の歴史館」の長野営林局No.63
DSC_0124_20151110000920875.jpg
長野県南木曽町の「山の歴史館」は旧御料局の妻籠出張所の建物が南木曽の街中に移築されていたのを再移築したものです。
後に帝室林野局木曽支局妻籠出張所→地方帝室林野局妻籠出張所→長野営林局妻籠営林署と移り変わり、営林署として用途廃止後個人宅として移築利用されていたとのことでした。
中には事務室、宿直室などのほか留置場まであります。
帝室林野局には御料林内の警察権もあり、職員がサーベルを吊っていたというのも肯けます。
中には林野関係の展示、大型の木馬や珍しい与川森林鉄道の写真の展示もありました。

そして外には・・・
DSC_0993.jpg
長野営林局王滝営林署No.63
購入年:1941(昭和16)年購入
製造元:酒井工作所
自  重:4.1t(製造時)
局形式:GB4→DB4
帝室林野局木曽支局納入当初の配属先はわかりません。
日中戦争中で年末には太平洋戦争に突入する時期に誕生しており、時局柄ガソリンはほとんど使えず木炭ガス発生器搭載トロを連結して代燃機関車となっていたはずです。
木曽谷の森林鉄道(西 裕之/著)によると林政統一後の長野営林局では上松運輸営林署に配属されて小川森林鉄道の支線区などで運用されていたようです。
新番No.63に改番された後エアブレーキ試験車となりブレーキ用エアタンクをキャブ頭に載せて小川線で試験を行っていました。
その後中央アルプスを挟んで東側の伊那営林署浦森林鉄道へ移りますが浦林鉄廃止により1962(昭和37)年に上松運輸署へ戻ります。一時期No.49に改番されていたようですが詳しくは不明。
さらに1966(昭和41)年に王滝営林署へ移って王滝方面の支線区で使われ1971(昭和46)年5月に廃車となりました。

DSC_0998.jpg
1941(昭和16)年頃の増備機の特徴で鋳物台枠機なのに軸バネがコイルバネでなく板バネとなっています。
直前に導入されていた鋼板台枠のメーカー形式C形に合わせたのでしょうか。その後の増備機はまたコイルばねに戻っています。さらにフードカバーの内前寄りのルーバーが傾けられているという特徴があります。
名古屋局の加子母森林鉄道→付知森林鉄道No.5も同じタイプ(こちらも1941年製らしい)だったようです。

DSC_0122_201511100009199f0.jpg
エアブレーキ試験機当時は屋根にエアタンクがありましたが長野局標準のボンネット内装備に改造されたようです。
ボンネット側面からチョロンと出てエアホースにつながるブレーキ配管がいかにも後付けと言う感じ。
Hゴムの側窓は視界確保のため後に開けられ、保存後前面中央窓の引き違い窓が失われたようですが他は原形のままのようです。

DSC_0084.jpg
福沢桃介記念館との間にある渡り廊下から俯瞰。
前灯がぐびゃりと曲がってしまっているのが残念ですが屋根上の構造がよく分かります。
ボンネット前方の左に飛び出しているのはエンジン横に付いたブレーキエア供給用に付けられたコンプレッサのカバー。
エアブレーキ化で取り付けられたものですが試験機時代はコンプレッサは反対のボンネット右側に付いていたようです。
スポンサーサイト


テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

森林鉄道(長野営林局) | 22:31:46 | Trackback(0) | Comments(0)
コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

FC2Ad

まとめ