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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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新潟交通月潟駅の「電鉄」~その2~
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キ116と連結されているモワ51。
モハ11と同じく1933(昭和8)年日本車輌製です。モハ11の旧車体はモワ51を引き延ばして側面窓配置を1D9D1としたもので、前面スタイルはほとんど同じでした。
モワ51の現役末期は今の展示状態と同じくキ116と編成を組んで除雪専業になってましたが、「モワ」とある通り元々は電動貨車。越後平野の米や野菜など主に農産物輸送に活躍していました。

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新潟電鉄にとって旅客輸送だけでなく貨物輸送も大きな意味がありました。
これにはすぐ隣を流れる中ノ口川が大きく関係しています。
信越本線や越後線、新潟交通の開業する前、港湾都市新潟と後背地となる越後平野を結んでいたのは信濃川や中ノ口川の水運でした。
信越本線や越後線が開業した後も中ノ口川沿いの汽船は重要な交通手段として残り月潟の町にも船着き場があり賑わっていたということです。
ところが1927(昭和2)年に上流の信濃川にあった大河津分水の堰が陥没し信濃川本流、中ノ口川の水が大河津分水に流れ込み中ノ口川の水位が低下。汽船の運航ができなくなってしまったため代替交通機関として新潟電鉄の前身となる中ノ口電気鉄道が1929(昭和4)年に設立されたのでした。
汽船から電車へ旅客・物資輸送のバトンが渡され、電鉄開業時に用意されたモワ51も重責を担うことになったのでした。

DSC_0331_201508102232407ce.jpg
さて、そのモワ51は構造的に非常に簡素にできてます。
運転台の主な機器はマスコンとブレーキに圧力計くらい。
床下も台車の間の狭い空間しかないので少々機器箱がある程度で、エアタンクやコンプレッサなどは車内の運転席の後ろに置いてありました。
外観がシンプルなおかげでモデル化し易く模型ファンにも人気のある電車です。

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旅客用ではないので車内も天井は骨組み剥き出しで、車内灯があることを除けば木造のワムなどとあまり変わりません。

DSC_0330.jpg
床下に抵抗器があるためかこんな注意書きも。
因みに新潟電鉄は軌道線が直流600Vで開業したものの鉄道線は直流1500Vで開業。後には軌道線も特例で1500Vに昇圧しており架線電圧だけ見ると当時としては破格の幹線クラスでした。
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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

保存車 | 18:26:09 | Trackback(0) | Comments(0)
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