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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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車石と江若鉄道と京阪電車
アップの順番がずれたため一か月ほど前のことになってしまいましたが大津歴史博物館の企画展「江若鉄道の思い出」を見るため大津へ行ってきました。

DSC_1065.jpg
まずはやはりいつもの京阪石山坂本線併用軌道区間へ~。
曇りなのでいつもと道路を挟んだ反対側から撮影。

大津歴史博物館はまたも大盛況。
入場者は別に鉄道ファンばかりというわけではなく地元の方が大半ではないかと思われます。
個々の車輌についてなどではなく鉄道敷設の時代背景や利用された方々の思い出、そして当時の大津の町や三井寺下駅を再現したジオラマが中心となっています。
それでいてコアな鉄道ファンでも満足できる内容でもあり、展示スタッフの皆さんの手腕には毎回唸らされます。

DSC_1057.jpg
今回初めて見付けることができた江若鉄道の用地境界標。よく見れば結構な本数が残っていました。
アルファベットで江若鉄道の由来となる近江(Ohmi)、若狭(Wakasa)のイニシャルを図案化したものです。
何故今まで気付かなかった(^ ^;)

DSC_1056.jpg
そして大津歴史博物館前にはこんなものも。
「車石」と呼ばれるもので江戸幕府が1804(文化元)~1805(文化2)年に敷いたという一種の「軌道」です。
牛曳きの荷車の轍部分にのみ石畳を敷いて安定的な重量物輸送を可能としたもの。
道路も鉄道も整備されていない当時、重量物輸送は専ら船舶輸送・・・北前船などの内航海運が主役でした。
東北、北陸、北海道方面からの物資を敦賀から京都へ急送したい場合には敦賀から陸路で深坂峠を越え、塩津~大津で琵琶湖の船舶輸送、さらに陸路で逢坂山、蹴上の坂を越える必要がありました。
そこで輸送が集中する陸路部分に石畳「軌道」を敷設したのです。
石畳にはいつしか轍部分に深い溝ができてまさにレールのようになっています。
しかもその車石の向こうに立つ銅像は西武鉄道を初めとした西武グループを築き上げた堤康次郎氏(滋賀県出身)の銅像。何とも奇妙な符合ですね。

DSC_1069.jpg
桜と石坂線の組み合わせ~。
そういえばいつも石坂線を撮っていたのは夏ばかりだったような・・・(反省)

DSC_1072.jpg
季節を変えて撮ることでまた新たな魅力が湧きます。
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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

撮影行 | 00:02:37 | Trackback(0) | Comments(0)
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