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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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下呂営林署森林鉄道本谷線(2級) ~その1~
現在は下呂市に含まれる旧・山之口村(1954(昭和29)年の合併で萩原町)にあった軌道。
なお林政統一前は大阪営林局高山営林署管轄で、近所の小坂や久々野、舞台峠といった宮内省帝室林野局系の森林鉄道とは異なった過程で建設されたようです。
名古屋営林局下呂営林署移管後はかなり後まで残り1967(昭和42)年に撤去が完了ということですが、「そんな後までやってたっけかな?」という地元の方のコメントも。
「山之口村誌」では昭和20年代に山之口村として営林署へ軌道撤去と併用林道化を求めていたのが町村合併のどさくさで工事が遅れたようなことも書いてありましたが確かなことはわかってません。
なお当線に機関車はいなくて馬力で空車引き上げを行っていたそうです。

DSC_0089_20141221231903061.jpg
山之口川右岸。右端に上屋が見えるげろバス(下呂市のコミュニティバス)上之田バス停の山側が旧・上之田土場跡とのこと。
なお「上之田」は難読地名で「えんた」と読みます。

DSC_0090.jpg
バス停上屋後部は屋根の傾斜が地面まで達する構造で。かなりの豪雪地帯のようですね。
軌道はこの左後方の斜面の一段高いところにあり、現在は擁壁で固められてますが犬走りになって残ってます。
恐らく山トロで運んできた木材を斜面を利用して下の土場へ転がして落とす傾斜土場だったのでしょう。
馬力軌道となると機回し線は必要ないので単線で続いてきた線路が切れてただけだったのでしょうかね??
この土場に集めた木材は高山本線飛騨萩原駅までトラック輸送(それ以前は馬車輸送?)してました。

DSC_0091.jpg
土場跡の一角は位山荘に。
お昼はこちらで頂きお女将さんやお客さんから貴重なお話を伺うことに。
お陰様でこれまで雲を掴むような存在だった軌道の実態を垣間見ることができました。
お礼申し上げます。(_ _)
道路と川の間には水車動力の製材所があったとか。
製材を止めた後も水車は残っていたものの、朽ち果ててしまい取り壊したとのことでした。

DSC_0096.jpg
位山荘横の軌道跡に面した小さなお宮さん。
鳥居とお堂の間に見える石積みが軌道敷です。
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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

森林鉄道(名古屋営林局) | 23:49:43 | Trackback(0) | Comments(0)
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