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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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陸軍名古屋兵器支廠・陸軍造兵廠名古屋工廠千種機器製造所専用鉄道
●兵器支廠の開設
1906(明治29)年にまだ名古屋の市街地からも離れた千種に兵器支廠ができました。
千種駅からの専用鉄道も同時に開業したようで、かなり古い歴史のある専用鉄道といえます。

●名古屋機器製造所の開設
1920(大正9)年11月20日には兵器支廠の南隣へ東京砲兵工廠名古屋機器製造所が完成、大規模な航空機エンジンの工場でした。
こちらにも既存の兵器支廠専用鉄道から分岐する線が敷かれています。
1923(大正12)年4月1日には組織替えで名古屋工廠千種機器製造所となります。
航空エンジンのほかに銃器製造も始まり工廠は徐々に拡張されていきます。
1940(昭和15)年に航空エンジンの製造は立川へ移転、敗戦まで銃器製造を行っていました。
戦時中は連合軍の標的となり、特に1945(昭和20)年6月26日の空襲では本部に直撃弾が命中したり、74人が死亡とほぼ壊滅した状態で敗戦を迎えます。

●廃止
戦後は連合軍により接収され機器製造所は1946(昭和21)年3月より撤去作業が始まります。
兵器支廠も同時に撤去されたと思われますがよく分かりません。
専用鉄道も同時に無くなったものと思われます。

作業キロ:1.7km 作業方法:省機関車(国鉄機)、手押

DSC_2645.jpg
中央本線との分岐部。千種駅から大曽根寄りに並走してから分岐してました。

DSC_2646.jpg
カーブして続く路地に線形が残っています。
当時は掘割から徐々に這い上がってくるような形で線路が敷かれていたものと思われます。

DSC_2662.jpg
保育所、マンションに突き当たり一旦廃線跡は途切れますが、日本専売公社名古屋工場専用線でも横断していた市道環状線を渡ると再び道路となっています。

DSC_2666.jpg
ほどなく千種公園に到着。
千種公園が名古屋機器製造所の跡で、北(画面左方)の市邨学園などがある区画が兵器支廠の跡です。

DSC_2669.jpg
名古屋機器製造所構内の機回し線があった辺り。

DSC_2654.jpg
千種公園内には名古屋機器製造所当時のコンクリート塀の一部が保存されています。
空襲の跡が残る痛々しい姿です。

DSC_2660.jpg
その横には記念碑が建立されています。

「ここに涙あり されど平和は永遠に」

今では何の変哲もない公園ですがここも戦跡。
大勢の方がこの地で犠牲になっているのです。
合掌

参考文献:名古屋陸軍造兵廠史・陸軍航空工廠史(名古屋陸軍造兵廠記念碑建立委員)
千種区史(千種区制施行50周年記念事業実行委員会)

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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

専用線跡 | 21:27:33 | Trackback(0) | Comments(0)
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