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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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大又索道、大又森林鉄道~その1~
大又索道、大又森林鉄道は大阪営林局新宮営林署の運材索道、森林鉄道でした。
全廃が1953(昭和28)年と早いですが大規模な索道と森林鉄道を組み合わせたダイナミックな路線です。
森林鉄道は熊野市最高峰の保色山(1,030m)に向かって東西を囲むように延びていましたが初期は東側の朴ノ木線、長瀬谷線、後期は池ノ宿線と事業場所の移り変わりとともに路線の位置も変わっています。
初期の朴ノ木線、長瀬谷線は4kgレールと言う極細レールで機関車は入っていませんでした。備後川線、池ノ宿線は6㎏レールですが機関車が入ったのはかなり遅かった模様。
大又索道は竹ノ平から港のある賀田まで延びていたものの途中で交差する矢ノ川峠を越える道路(現・国道42号線の旧道)が整備され路線バスも通るようになったことから途中の大又貯木場からトラックに木材を積替えて木ノ本(現・熊野市)へ輸送するように変わっています。


青線が大又森林軌道で初期に使われていた朴ノ木、長瀬谷線。オレンジ線が後期に使われた池ノ宿線。
今回はゲートを越えてはるか山奥のため許可を得て林道を軽四で山越え、備後川の谷へと分け入りました。
山歩き、三重の森林鉄道のエキスパートという頼もしいメンバーの引率でどんなお宝に出会えるのか楽しみ~。

P1110872.jpg
まずは国道42号線から林道に入りゲートを越えて1つ目のヘアピンカーブ奥、大又川の谷にあった大又原動所跡へ。

P1110848.jpg
大又川を渡り左岸斜面に聳える城跡のような大又原動所に到着~。

P1110856.jpg
大きな窪地はモーターや重錘を納めていた跡でしょうか。

P1110854.jpg
巨大なプーリーを支えていた櫓の台座と思われるコンクリート基礎。
基礎の間隔が3m丁度とメートル法で設計されている様子。1925(大正14)年につくられた竹ノ平~大又原動所の停車場図面はフィート・インチ法で描かれていたのでこちらは1940(昭和15)年の大又原動所~大又貯木場新設時に増設されたものでしょうか。

P1110852.jpg
碍子があちらこちらに転がっている中で磁器製のポケット酒瓶が綺麗な状態で残っていました。
それにしても事業所などの跡に行くと一升瓶やビール瓶などアルコール関係のブツだらけ・・・かつての山は酒呑童子で一杯だったのでしょうか(^ ^;)

P1110870.jpg
大又原動所の場所から大又貯木場へは1919(大正8)年頃に木製レールの軌道敷かれていたそうですが軌道にしては急勾配の道路跡?が下の方へ続いていました。この道の行方は途中で斜面と区別が付かなくなって良く分からず。


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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

森林鉄道(大阪営林局) | 23:56:43 | Trackback(0) | Comments(4)