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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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京都スイッチャー蒸機巡り~1070形1080号
京都鉄道博物館の蒸機なんてメジャーなものを・・・と言われそうですが蒸機でも古典機は専用線のスイッチャーとして生き永らえた結果保存の手が差し伸べられたパターンが多いです。

P1070281.jpg
イギリスのダブス社(Dubs・・・"u"にドイツ語のウムラウトが付いている。創業者ヘンリー・ダブスはドイツ生まれのため)で1901(明治34)年に製造されたテンダー機関車651号→6270形6289号が前身。
見た目はピーコックがつくっていたテンダー機5500形・・・所謂ピーテンとほとんど変わりありません。
シャープスチュアートやニールソン(ネルソン)などのイギリスメーカー、アメリカのアルコ、ドイツのハノーバーまでもが同タイプを多数製造しています。
当初は東海道本線など幹線の旅客列車牽引に使われていたようです。
1926(大正15)年に浜松工場でタンク機関車化改造され1070形1080号に。
名古屋、岐阜近辺で使われ1933(昭和8)年頃から国鉄で廃車になる1938(昭和13)年までは美濃太田機関区に在籍していました。

1940(昭和15)年に日本製鉄(現・新日鐵住金)から鉱山部門が分離した日鉄鉱業に払い下げられ新潟県の赤谷鉱業所専用鉄道で鉄鉱石輸送に就き赤谷線東赤谷駅~鉱業所4.2kmで使用。
この専用鉄道は積雪期運休になるため1955(昭和30)年に合理化で全線スノーシェッドに覆われた鉱山ナロー電車に置き換え、1067mmゲージの機関車は栃木県の羽鶴鉱業所へ転用されます。

P1070284.jpg
東武鉄道会沢線上白石駅分岐の羽鶴専用鉄道6.3kmでは石灰石輸送に使われますが5年後の1961(昭和36)年にはDD401が導入され予備車に。
それでも生き永らえ昭和50年代国鉄蒸機が消えた後にも時たま動態保存のような形で貨車を牽いていました。
そのためか1080号機末期の写真は数多く発表されていますね。
専用鉄道が1991(平成3)年に廃止された後も羽鶴で手厚く保管され2009(平成21)年に梅小路入りしたのは記憶に新しいところ。

P1070329.jpg
5500形などと共通の斜めになったランボード。
空制化でコンプレッサが追加されてます。貨物鉄道博物館の東武39号などテンダー機ではここにエアタンクが載ってますが1070形はサイドタンクが干渉するためかランボード上にコンプ、サイドタンク下にエアタンクがぶら下がっています。

P1070283.jpg
キャブ後ろの水タンクと炭庫の切り継ぎ部、後の改造とは言えあまり違和感がありません。

P1070332.jpg
背面から見ると給水口が煙突のように随分と高いです。
前照灯は羽鶴時代の写真を見ても付いていませんでしたがいつ外したのでしょうね。

●美濃太田機関区の1070形
因みに機関車表から美濃太田機関区にいた1070形を拾うと以下の8台がいたようです。
恐らく多くは機関区開設の1932(昭和7)年に配置されたのでしょうが間もなく廃車や転属になって戦時中にはいなくなったようです。
 1078 1936前後 1941廃車→三井三池20(国鉄廃車前から三井三池へ貸出後譲渡か?)
 1080 1933頃~1938.11.28廃車→日鉄鉱業赤谷→日鉄鉱業羽鶴→梅小路入り 
 1081 1933頃~1942頃
 1084 1933頃~1936頃 信濃川電気事務所(工事事務所?)→岐阜工事局
 1085 1933頃~?浜松転属後再び美濃太田へ→1940頃~1942頃
 1102 1933頃~1939廃車→日曹鉱業天塩→藤田鉱業宗谷
 1103 1933頃~?
 1105 1933頃~1941頃
当時は太多線、高山線、越美南線で使われたようで越美南線でミキスト(客車は元佐久鉄道の電車型客車ホハ2480形?)を牽いている写真を見たことがあります。

参考文献:
機関車表 フル・コンプリート版(沖田 祐作・著/ネコ・パブリッシング)

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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

保存車 | 23:59:59 | Trackback(0) | Comments(0)