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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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東濃鉄道笠原線本多治見駅の貨物側線
新多治見から土岐川を渡ってすぐの場所にあった本多治見駅。
笠原線がほぼ全線に渡って並行する笠原川の左岸堤防上で島式ホーム1面2線と笠原川方に駅舎を貨物ホーム、貨物倉庫がありました。

P1060556.jpg
本多治見駅構内を笠原方から見た様子。
笠原川に沿って緩やかにカーブした構内。遊歩道化した本線右手に東濃鉄道系列の東鉄商事のガス倉庫がありますがこの施設は笠原線現役時代からありました。
貨物扱い量の減少で遊休貨物倉庫を削減した跡地に設けたのでしょうか。

P1060557.jpg
駅舎側の側線はフェンスの向こう、石油タンクのブロック塀に沿って分岐していたようです。

P1060559.jpg
左の駐車場の位置に側線を挟んで駅本屋がありました。

P1060560.jpg
本多治見を出ると岐阜県道15号名古屋多治見線(愛岐道路)をオーバークロス。
笠原線は主要道路との交差部が殆ど立体交差になっておりその面では先進的(?)な路線でした。

P1060561.jpg
県道立体交差と土岐川橋梁の間に本多治見駅の説明板と陶彩の道の笠原線記念碑が並んでいます。

P1060562.jpg
本多治見駅の説明板が駅の位置より少々ずれていますが道路幅の関係上止むを得ないのでしょう。

P1060564.jpg
陶彩の径の碑。笠原鉄道時代の蒸機の写真が載っています。
左は笠原鉄道1or2号機が逆機で貨車+マッチ箱客車×2+貨車というミキストを牽いて土岐川を渡る新多治見行と見られる列車。
笠原1,2号機は1896(明治29)年ダブス製Cタンク機で元は西成鉄道(現・大阪環状線の一部)2、3号。
国有化で国鉄1150形1150、1153号になっていたのが佐久鉄道(現・小海線)3、1号となっていたのを笠原鉄道開業時に譲り受けています。東濃鉄道合併後は駄知鉄道1,2号機と区別するため頭に笠を付けて笠1、笠2号になって1953(昭和28)年にDB181が投入されるまで使われていました。
右は駄知鉄道1or2号機を借り入れて新多治見駅で入換中の様子。
駄知鉄道1、2号機は1921(大正10)年雨宮製作所製のCタンク機で駄知線電化まで使われていました。

hontajimi.png
1970(昭和45)年度は到着量が最低の3,000tまで落ちたのに対し発送量が最高の12,000t(この年度と1972(昭和47)年度だけ千トン未満四捨五入)を記録と最後の一瞬の輝き?を見せています。

参考文献:
RM LIBRARY72 東濃鉄道(清水 武/著 ネコ・パブリッシング/刊)
岐阜県統計書(岐阜県総務部統計課)

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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

貨物側線跡 | 23:56:48 | Trackback(0) | Comments(0)