投稿日:2018-12-05 Wed
平坂港は矢作川本流よりも狭い入江の奥のささやかな港ですが現在も船溜まりがあります。この港に岡崎から延びて来た西尾鉄道が1914(大正3)年10月30日に西尾~港前~平坂臨港(貨)を762mm軌間、蒸気動力で開業しています。
港前駅と平坂臨港駅は営業距離0.2kmしか離れていなかったためか2年後の1916(大正5)年10月5日には平坂臨港を港前に統合。
同じ西尾鉄道が建設した吉良吉田~吉田港(貨)と似たような経緯です。
1926(大正15)年9月1日にはライバルの三河鉄道の大浜港(碧南)~神谷(後の松木島)が1067mm軌間、直流1500V電化で開業、港前駅北方に三河平坂駅が開業しますが平坂港からは離れていました。
同年12月1日には西尾鉄道が愛知電気鉄道に合併し、1928(昭和3)年10月1日には1067mm改軌、直流600V電化されています。

港前駅跡。
左側のバス停の位置に駅舎とホーム1面、道路に2本の線路があり、右の1本はホームと接していない側線でした。
昭和30年代の写真を見ると港前から奥の旧平坂臨港へ線路2本で続いていた様子。

旧旅客ホーム跡から西尾方を見た様子。
末期の駅名、現バス停名の読みは「みなとまえ」ですが当初は「みなとさき」。
その間に一時期平坂(へいさか)駅を名乗っていたこともあります。

以前は一部に古レールが利用された上屋がありましたがいつの間にか無くなりました。
バスの運行会社も名鉄東部交通ではなく名鉄バス本体でした。
2004(平成16)年3月16日撮影

愛知県道383号線を挟み旧・平坂臨港側から港前駅旅客駅側を見た様子。

道路として続いてきた平坂支線ですが港に突き当たる手前で左カーブが始まっていた付近に古めかしいコンクリート造りの危険品庫があります。
重厚な鉄扉など港前駅現役当時は線路に接して建っていたものと思われます。

右が旅客ホーム側、線路は画像右寄りでカーブしながら右手前方向へ続いていたようですが面影なし。

平坂入江の三河湾方を見た様子。
線路は左の住宅地付近で途切れていたものと思われます。

平坂支線港前駅の貨物発着量(愛知県統計書(愛知県)を元に作成)
1953(昭和28)~1959(昭和34)年度しかデータがありませんが意外と量が多いなと感じました。
1956(昭和31)年度の発送量22,793tを365日で割ると1日平均62.45t・・・15t積みのワム車なら日に5台は発着していたことになります。
旧・岡崎電気軌道のモ460形や旧・尾西鉄道モ200形など電車が単行で走り、貨車は電車が牽いていたようです。
ミキストに当たる率は意外と高かったのかもですね。

末期は平坂支線専属になっていたモ461。
平坂支線は本線に当たる西尾線の架線電圧1500V昇圧時に追加投資を行わず処分されることになり1960(昭和35)年3月27日に廃止されました。モ461も同時に役目を終え廃車になりました。
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