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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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土倉鉱山軌道跡と通洞
日窒鉱業土倉鉱業所にいたバッテリー機関車で分かっているものは以下の通り。
・3t機 日本輸送機 1939(昭和14)年5月製造 製番1161
・3t機 日本輸送機 1942(昭和17)年8月製造 製番2120
・4t機 日本輸送機 1955(昭和30)年12月製造 製番25643
・2t機 日立製作所水戸 1956(昭和31)年9月27日製造 製番191635-1
・2t機 日立製作所水戸 1956(昭和31)年9月27日製造 製番191635-2
・4t機 日本輸送機 1957(昭和32)年4月製造 製番28516
・4t機 日本輸送機 1960(昭和35)年12月製造 製番3203001

写真を見る限り末期の機関車は下回りが黄色だったり黒っぽい色だったり、バッテリー箱は黄黒の警戒色。
なお鉱車は黄色一色だったようです。
nicchitsu-4t.png
昭和30年頃の日本輸送機製4tバッテリー機関車。日窒鉱業向けのバッテリー箱警戒色仕様。
日窒鉱業(現在はニッチツ)の標準塗装なのか埼玉県大滝村(現在は秩父市)の秩父鉱業所にも同じ塗装の機関車がいました。
土倉閉山後秩父に移った機関車もいるのでしょうか?

滋賀県が公開している土倉鉱山での災害(白川 雅一/著)に機関車が写ってます。
DSC_0164_20151122220218b5f.jpg
以前北陸の某所で見たことがある3~4t日本輸送機製バッテリー機関車の残骸とほぼ同型のようです。

以下は坑道入口までの廃線跡探訪。
P1030501.jpg
選鉱所から奥土倉方面へ延びる未舗装林道が線路跡のようです。
かつては508mmゲージの線路が敷かれていたのでしょう。

P1030500.jpg
線路脇の山手に立つ土倉鉱山鉱友顕彰碑。
鉱山で働いた人々が仲間たちとの思い出を記念してに立てたのでしょうか?
草深くて近くで確認できてませんが揮毫は木之本町の1980年頃の町長さんのようです。

P1030502.jpg
通洞までの間は道路脇まで植林されているものの何やら施設の跡がちょいちょい見えます。

P1030504.jpg
ほどなく通洞前に到着。
かつて線路は複線で坑道に入っており、当時の通洞の写真を見ると坑口の部分に渡り線があったようです。

P1030505.jpg
坑口上が窪んでいるように見えるのはかつて神棚があった跡。山の神様がおわしたのでしょう。
通洞前には構内からの水が湧き出して水溜りになっています。
現役時の通洞と比べると地面が埋まったのか穴が小さくなったように見えます。

参考文献:
ニチユ<日本輸送機>機関車図鑑(岡本 憲之/編著 イカロス出版)
機関車表フルコンプリート版(沖田 祐作/編 ネコ・パブリッシング)

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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

鉱山 | 22:18:26 | Trackback(0) | Comments(0)