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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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近江鉄道ED31 3の工臨
今回は近江鉄道電機現役2回目でED31の現役末期の様子を上げて行きます。

1923(大正12)年に車体を石川島造船所(現・IHI)、電気品を芝浦製作所(現・東芝)で製造した40t凸型電機。
現在の飯田線北部区間の辰野~天竜峡を営業していた伊那電気鉄道が発注しています。
伊那電気鉄道は明治末に直流600V電化の軌道線として開業していたのを直流1200V鉄道線に脱皮すべく線路の専用軌道移設、伊那谷の中心都市である飯田への路線延伸が実現したところでこれに合わせて貨物用電気機関車を導入したようです。
登場時はまだ連結器がバッファー・リンク式の時代、ボンネット上にはアメロコのようなベルを装備していました。
ベルをカランカラン鳴らしながら中央、南アルプスをバックにローカル貨物列車を牽いている姿を想像すると何とも長閑です。

路線ごと国鉄に引き継がれた後も伊那松島配置のまま旧・伊那電区間で使われ重連総括制御化も行われていたようです。
旧・伊那電区間辰野~天竜峡は1955(昭和30)年4月に他路線と合わせた直流1500Vに昇圧が行われますがED31はその時点で休、廃車となっているので国鉄で昇圧改造は行われず払下げ先の西武、近江鉄道、上信電鉄で昇圧改造が行われたのでしょうか。

今回はまずED31 3号機。西武鉄道多摩川線を介さず直接近江入りしたグループの1台です。
伊那電気鉄道3→同デキ3→国鉄デキ3→同ED31 3
19951014.jpg
1995(平成7)年10月14日 高宮
鉄道の日イベントのガチャコン祭り(現在は6月開催)で高宮駅旧貨物ヤードにて展示された様子。
この時が近江鉄道初訪問でした。当時はパンタが戦時型PS13でした。

20011025.jpg
2001(平成13)年10月25日 五個荘
通学時に彦根車庫にいたED31 3+ホキが帰宅時いなかったので気になって見に行ったらやはり・・・。
パンタは交換されています。

20011102.jpg
2001(平成13)年11月2日 彦根~彦根口(当時ひこね芹川駅は未開業)
一つ前の写真撮影後毎朝車庫を注意深く観察、朝彦根に付くと発車準備中だったので授業に間に合う範囲で芹川橋梁で待って見ることに。初の近江工臨撮影に成功したときのもの。

20031020-3.jpg
2003(平成15)年10月20日 高宮~尼子
背景の山の緑が映えて好きだった犬上川橋梁で五個荘への空車送り込みを撮影。
60t級のED14は重量制限でこの橋梁を渡れないため五個荘工臨は専らED31が使われたと聞いています。

20041010.jpg
2004(平成16)年10月10日 多賀線多賀大社前~高宮(当時スクリーン駅は未開業)
この年はガチャコン祭りの電機展示は多賀大社前で行われED141、ED313が回送、展示されました。
展示終了後彦根への回送を撮影すべく待っていると機関車通過時のみ突然土砂降りに(- -)


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電気機関車 | 22:11:14 | Trackback(0) | Comments(0)
近江鉄道ロコ1101の入換
近江鉄道が所有する電気機関車を全機解体すると発表してました。
使うわけでもない機関車を10台も維持し車庫内を占領させるのは確かに勿体ないし経営上妥当な判断でしょう。
とは言え廃車後も再塗装を欠かさず後生大事に持っていたものを毎日見てたので1台も残さず解体と掌を返されると何か腑に落ちないと言うのも正直なところ。

今回は学生時代彦根に通っていたとき撮りためた近江電機の様子をお送りします。
撮影は全て2002(平成14)年10月31日

旧阪和電気鉄道天王寺駅の高架線と地上の国鉄連絡線で貨車の入換に使われていた日本車両、東洋電機1930(昭和5)年製の30t機ロコ1100形ロコ1101号。
車籍はとっくに無くなってましたが彦根車庫内の入換で独特のホーンを鳴らしながら入換を行っている姿をよく見ました。
その割には貨物営業廃止後のロコ1101の入換映像や写真はあまり見掛けない気がします。
img076-2.jpg
大学に行く途中新快速を降りたら「ポ~ン♪」と言うロコ特有のホーンが聞こえたので寄り道。
レール輸送用のチ1、ト50、トム200の編成入換を行っていました。
ED31と比べれば大人しい見掛けの凸電ですが制御機構は直流1500Vの直接制御と言うなかなか破天荒な車両でした。

img076.jpg
トだけを編成から切り放して牽き出し転線。

img077.jpg
ホキ10の編成に連結させました。
ロコ1101は元来入換機で低速の移動しかしないため駆動音はほとんど聞こえずまるでバッテリー機関車のようでした。

img078.jpg
残るチ1編成を再び牽き出し・・・とここで授業があるので撮影は切り上げ。
当時近江鉄道の電機はED31 3、4が砂利、レール工臨、構内入換で一番よく動いてました。
ロコ1101は構内入換で手近に留置してあったら使うという感じで、単行のモハ220もよく構内入換に使われていました。
入換中に突然へそを曲げて止まってしまうかも知れない老機関車より普段から使っている電車の方が信頼性が高かったのでしょう。
職員さんからも「ちょっと動かすだけでも大仕事」と聞いたことがあります。

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電気機関車 | 23:41:41 | Trackback(0) | Comments(0)
帝室林野局の森林鉄道鉄道路線名一覧~木曽支局編2~
帝室林野局機関誌「御料林182号」(1943(昭和18)年7月)掲載の「森林鉄道名称統一」を元に作成した一覧表。
最終回です。
王滝・小川森林鉄道系統以外の路線。
野尻、殿、柿其の各路線がまたややこしい経緯をたどっているので路線距離など数値が怪しいです(^ ^;)

rintetsu-kiso2.png
PDF版

P1020424.jpg
阿寺渓谷に架かる野尻森林鉄道の上路トラス橋。
阿寺口より上は「阿寺森林鉄道」や「阿寺線」と言うことの方が多いですね。

DSC_0374_2016101019044548f.jpg
野尻で使われた車両と言えば後に王滝森林鉄道に移った酒井7t機No.84が動態復活してます。

P1010109.jpg
野尻森林鉄道の先にある柿其森林鉄道も沿線は三殿出張所管区内で三殿⇔野尻で所管替えが多く理解しがたいところです。

表下の方の三殿、妻籠、湯舟沢出張所の各路線は「西宮後停留場」の方でまとめているので参考リンク~
田立、湯舟沢森林鉄道は1945(昭和20)年1月1日に新設の坂下出張所に移管、林政統一後は坂下営林署となっています。
蘭、与川森林鉄道
坂下営林署の森林鉄道

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森林鉄道(長野営林局) | 23:59:45 | Trackback(0) | Comments(0)
帝室林野局の森林鉄道鉄道路線名一覧~木曽支局編1~
帝室林野局機関誌「御料林182号」(1943(昭和18)年7月)掲載の「森林鉄道名称統一」を元に作成した一覧表。
最もメジャーな木曽支局です。

rintetsu-kiso1.png
PDF版

廃線跡画像はいずれも12年前の2006(平成18)年に撮影~。
●白川線王滝川橋梁
IMG_5293.jpg
10年以上前に撮ってそれ以後は通って撮ってない橋です。(^ ^;)

IMG_5302.jpg
王滝本線側は草木が茂ってすっきりと見通せたのも過去の話。
橋自体は変わりありません。

●開田森林鉄道
IMG_5258.jpg
昭和20年代には廃止されたという古屋敷より先の区間。
月夜沢を渡っていた木橋は橋脚がまだ立っていました。
ここも一昨年行ったらどこだったかわからなくなってしまった(爆)
今年は地形図でよく下調べしてからリベンジします。

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森林鉄道(長野営林局) | 22:17:28 | Trackback(0) | Comments(0)
帝室林野局の森林鉄道鉄道路線名一覧~名古屋支局編3~
帝室林野局機関誌「御料林182号」(1943(昭和18)年7月)掲載の「森林鉄道名称統一」を元に作成した一覧表。
三重県も名古屋支局の管轄でした。
御料林自体が少なかったため名古屋の愛知出張所が広域にポツリポツリとある御料林を所轄するという状態。
しかしここにも大杉谷と言うインクラ、索道を挟んで3段に渡る軌道で奥地へ延びるとんでもない森林鉄道がありました。

rintetsu-nagoya3.png
PDF版
これらの路線は林政統一後大阪営林局に引き継がれました。


大杉谷・船津森林鉄道にはこんな機関車がいました。
nissha-2.png  nissha-1.png
大河内土工森林組合4.5tガソリン代燃併用機関車
船津森林鉄道組合線は大河内土工森林組合が帝室林野局からの補助金を得て建設した路線で、1932(昭和7)年の開設時に日本車輌製4.5t機が入っています。
木曽の田立三殿に同型機が入っており、「機関車は木曽から来た」と言う話がある事からこの機関車も帝室林野局が用意したものではないかと思われます。木曽に入れた日車製新車の4台のうち1台をこちらに回したのかも?
森林鉄道には珍しい大手鉄道車両メーカー製ですが当時は世界恐慌による受注減少のため林鉄内燃機関車にも手を拡げたようで川崎車輌も木曽にガソリン機関車を納入していました。
価格は酒井、加藤の半額近い安値が付いてましたが恐慌が済むと興味を失ったのか日車の林鉄機関車はこれっきりでした。

33-111-1.png  33-111-2.png
大杉谷、船津森林鉄道33-111
酒井工作所製5t機ディーゼル機関車
製造年は不明ですがで窓がHゴム固定なので昭和20年代末から30年代につくられたものと思われます。
大杉谷下、船津線の最終運材列車を牽引した機関車のようです。
屋根上の平たい箱は曲線での摩擦緩和で線路に散水するための水タンクと思われます。
33-111と言う番号は大阪営林局の機械管理番号でしょうか?


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森林鉄道(大阪営林局) | 23:58:50 | Trackback(0) | Comments(0)
帝室林野局の森林鉄道鉄道路線名一覧~名古屋支局編2~
帝室林野局機関誌「御料林182号」(1943(昭和18)年7月)掲載の「森林鉄道名称統一」を元に作成した一覧表。
地元なのでこれまでも何度も紹介したことのある路線ばかりです。
記事のリンク集をつくれば良かったのですが時間が足らず・・・^ ^;

rintetsu-nagoya2.png
PDF版

川上森林鉄道のみ長野営林局坂下営林署管轄となりましたがほかは名古屋営林局に引き継がれています。
帝室林野局名古屋支局は元々静岡、愛知、岐阜(飛騨南部まで)、三重と管轄地域が東西に広かったのですが、林政統一後の名古屋営林局は愛知、岐阜、富山と南北に広くなっています。


iwasaki5.png
イラストは小坂森林鉄道5号機
岩崎レール商会1936(昭和11)年9月30日製作の4.5tガソリン機。
小坂営林署の昭和27年度事業概要には岩崎製とありますが車体形状からすると加藤製作所がOEM製造したもののようです。
エンジンは50馬力のブダYR425を搭載。なお燃料事情が悪い戦中、戦後の時代はこの機関車にも代燃装置とエンジンを接続するパイプが取り付けられていました。
岩崎製の機関車は台枠に製造年が西暦で陽刻されている(前輪の右上)のが特徴で大杉谷森林鉄道の岩崎機にも同様の年号陽刻が見られました。
断片的な写真で見えない部分(オーバーヒート防止のためエンジンカバー外しっぱなしの写真しか無い^^;)は類似機を参考にしています。
塗装も不明ですが帝室林野時代の写真を見ると明るい色なので土工用機関車に多かったというミントグレーで描いてます。


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森林鉄道(名古屋営林局) | 23:46:41 | Trackback(0) | Comments(0)
帝室林野局の森林鉄道鉄道路線名一覧~東京・名古屋支局編1~
帝室林野局機関誌「御料林182号」(1943(昭和18)年7月)掲載の「森林鉄道名称統一」を元に作成した一覧表。
神奈川、静岡と都市部に近い路線のはずなのですがいずれも接続交通が不便な秘境路線ばかりです。
他の鉄道路線と接続していたのは千頭のみです(^ ^;)

rintetsu-tokyo-nagoya_20180417214656806.png
PDF版
名古屋支局のうちこれら静岡県内の路線は敗戦直前の1945(昭和20)年8月1日に静岡地方帝室林野局として分離。
1947(昭和22)年の林政統一後は東京地方帝室林野局分を含め東京営林局に引き継がれています。

千頭、気多、水窪など家から近いところになって来たので今までもブログ記事でよくUPしてる路線。
瀬尻はインクラ下を通っただけでまだ探索したことがありません。


●世附森林鉄道
帝室林野時代は小田原出張所、林政統一後は平塚営林署管轄でした。
丙線とあるように規格が低く馬力軌道だったところにガソリン機関車を入れるようになったとか。
世附では長野営林局No.63と同じ珍しい板バネ付き鋳物台枠の酒井機の写真を見たことがあります。
板バネ付き鋳物台枠機は1941(昭和16)年頃しか作られていないようなのでこの頃動力化したのでしょうか。
気多林鉄廃止時に気田からエアブレーキ付き協三機(千頭DB12と同タイプ)と貫通ブレーキ装備のモノコックトロが入ったもののそれから間もない1963(昭和38)年に撤去されてます。

IMG_2772.jpg
水ノ木線で世附川を最初に渡るところでは結構長い木橋が架かっていました。
上流側(左)に木橋があったのですが・・・

IMG_2771.jpg
水ノ木側の石積み橋台と路盤が残っています。


●熊切森林鉄道
狭い酷道362、473号線のみでアクセスできる麦島からさらに山奥へ。
気田出張所→営林署管内ですが気多森林鉄道とは遠く離れたところにポツンとある路線。
一応ここは政令移指定都市浜松市天竜区内なのですが・・・。
DSC_0899_20180416233503d06.jpg
橋の手前に敷設された状態の9kgレールが2本。
他にも犬釘付きの枕木が林道に埋まっているのが多数見られます。
ここも気田署内だけあってエアブレーキ付き協三機+モノコックトロの豪華編成(?)が使われていました。


●気多森林鉄道
出張所、営林署名は「気田」で路線名は「気多」で紛らわしい・・・というかどちらの表記も混在してあまりこだわりはないのかも(^ ^;)
県道からの分岐点の看板に林道上を徒歩で入る場合でも天竜森林管理署の入林許可が必用とあったので許可を貰って行って来ました。
DSC_0957_201804162335043b1.jpg
機関庫やループ線があったという山住停車場・製品事業所跡にはガソリン庫らしきごついドーム型コンクリート造りの倉庫があります。

DSC_0966_2018041623350664e.jpg
山住からすぐの伊老沢のガーダー橋跡。
橋の手前(都沢側)で伊老沢線が分岐していました。
伊老沢線は戦時中の資材不足の中1945(昭和20)年度に熊切林鉄のレールをはがして敷いたもので、4年程度でレールを熊切へ返して廃線になったとか。

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森林鉄道(前橋、東京営林局) | 00:07:54 | Trackback(0) | Comments(0)
帝室林野局の森林鉄道鉄道路線名一覧~旭川支局編~
帝室林野局機関誌「御料林182号」(1943(昭和18)年7月)掲載の「森林鉄道名称統一」を元に作成した一覧表。
札幌支局編その2~。

rintetsu-asahigawa.png
PDF版
1937(昭和12)年に札幌支局から旭川支局として独立。
これらの路線は1947(昭和22)年の林政統一では旭川営林局管轄となりました。


林政統一後旭川営林局になってからの車両ですがこんな車両がいました。

No124-1.png  No124-2.png
羽幌森林鉄道39号機 1956(昭和31)年3月酒井工作所製9t機(イラストは王滝林鉄時代のもの)
羽幌営林署で使われ始めて3年しか経たない1959(昭和34)年7月には早くも長野営林局上松運輸営林署へ転属。
No.124と改番されて王滝森林鉄道で使われました。
羽幌時代の重量は9.0t、木曽では10.0tとされてますが管理上10tに分類しただけなのか改造して1t積み増したのかは不明。1966(昭和41)年2月に王滝営林署へ転属して1976(昭和51)年まで使われた後に伊豆大島で保存されたものの現存しないようです。
酒井工作所のメーカー形式C2。C3やC4と似てますがイコライザは左右の前輪のみをつないでいます。
屋根が低く目が据わったような表情のためか何だか威圧感があるスタイル^ ^;
エンジンは民生ディーゼル工業(→日産→UDトラックス)UD-4でした。

林野庁の映像ライブラリに王滝林鉄で活躍するNo.124牽引の運材列車が映されてます。

林野庁:映像ライブラリ「日本の林業1」(昭和35年頃)
No.124が登場するのは1:31~2:05です。
時期的に羽幌から転属して間もない頃と思われます。
羽幌39号時代の塗装が不明ですが映像のNo.124は塗装も綺麗です。
イラストでも塗っている茶とクリームのツートンカラーは上松の機工課で塗り直したものかも知れません。
王滝本線の有名撮影地だった下黒沢の鉄橋ともう1カットはどこでしょう?



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森林鉄道(北見、旭川、帯広、札幌営林局) | 12:43:59 | Trackback(0) | Comments(0)
帝室林野局の森林鉄道鉄道路線名一覧~札幌支局編~
森林鉄道、軌道は営業鉄道と違って呼び方が結構バラバラです。
鉄道ファンの間では機関車使用の路線を森林鉄道、人力・畜力のものを森林軌道と言ってることもありますが実務上でそんな区分はしてません。
皇室財産だった御料林を管理していた宮内省帝室林野局所管の鉄軌道については1943(昭和18)年7月1日に「○○森林鉄道」、「○○森林鉄道××線」という呼称で統一、また線路の道床厚やレールの規格により以下のように甲、乙、丙の3段階で等級を指定しています。

 甲 : 9㎏レール以上 施工基面幅2.4m以上 曲線半径18m以上
 乙 : 8㎏レール 施工基面幅2.2m以下 曲線半径10m以上
 丙 : 6㎏レール 施工基面幅2.4m以下 曲線半径10m以上
※既存の路線についてはレールの太さ以外は特例あり

帝室林野局機関誌「御料林182号」(1943(昭和18)年7月)掲載の「森林鉄道名称統一」を元に一覧表を作成したので北から順に~

札幌支局~その1~
rintetsu-sapporo1.png
PDF版も用意しました。
1947(昭和22)年の林政統一で札幌営林局管轄となった路線(一部は移管前に廃止)の一覧です。

林政統一後に登場した車両ですがこんな機関車がいた路線ということで画像を上げます。(再録ですが^ ^;)
IMG_20160718_092318.jpg
下夕張、夕張岳森林鉄道9号機 1951(昭和26)年野村組工作所製
時期によっては主夕張でも使われたかも?
北海道開拓の村(札幌市)

DSC_1125.jpg
芦別森林鉄道26号機 1956(昭和31)年7月酒井工作所製10t機
芦別林鉄廃止後は木曽の上松運輸営林署に転じてNo.136に改番。1972(昭和47)年まで主に客車列車牽引に活躍。
赤沢自然休養林森林鉄道記念館(長野県上松町)

DSC_1159.jpg
芦別森林鉄道→下夕張、夕張岳森林鉄道27号機 1956(昭和31)年9月酒井工作所製10t機
芦別廃止後は姉妹機の26号と分かれて夕張へ。
北海道開拓の村(札幌市)

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森林鉄道(北見、旭川、帯広、札幌営林局) | 22:25:15 | Trackback(0) | Comments(0)
えちぜん鉄道北陸新幹線高架借用区間
えちぜん鉄道が未開業の北陸新幹線福井駅付近の高架を借用している区間。
6月にはえちぜん鉄道用の高架が開通するのでそれまでの期間限定です。
かつて東海道新幹線が開業する前に阪急京都線が大山崎~上牧で借用していたことがありますがそれと比べるとごく短区間。
とは言え新幹線用の高架を私鉄電車が走る光景はユニークです。

P1010186.jpg
新幹線高架に仮設の新福井駅。
右からえち鉄新線、えち鉄現在線(北陸新幹線)、北陸本線の複線電化線3本が並んだ状態です。
どの線も頻繁に運転されるわけではないので阪急電車梅田~十三のようにはなりませんが。
えち鉄の高架はほぼ完成して線路、架線は敷設済みで信号機も点灯してました。
駅の内装や舗装など仕上げ段階に入っているようです。

P1010191_2018040922201648c.jpg
しらさぎ12号名古屋行が通過。北陸本線は既に側線が分岐していますがこの場所はもう福井駅構内。
えちぜん鉄新福井~福井の距離は500mしかなく、ホーム上からは福井駅で発車待ちの電車がよく見えます。
実際この駅間だけで利用する人はほとんどいないでしょう。

P1010204_201804092220181cd.jpg
上下ホーム間は構内踏切で結ばれています。
高架線上で構内踏切などと言うのは他で見たことがないですね。

P1010198.jpg
将来の新幹線の線路上をMc5001形がやって来ました。
現存するのは1形式1両の出合えたら幸運な電車♪

P1010199.jpg
三国芦原線で来ないかなと待ってましたがこの日は勝山永平寺線(旧越前本線)での運用に入っていました。
京福オリジナル最後の新製車。
1999(平成11)年武庫川車輌工業製でモハ5001、5002の2両が製造されたもののモハ5002は2001(平成13)年6月24日に発坂で正面衝突事故を起こし廃車。
立て続けに正面衝突事故を起こしたことから京福電鉄の福井県内路線も営業停止に追い込まれこのまま廃止かと思われましたがえちぜん鉄道の手で蘇りました。
福井は戦争中の福井空襲、1948(昭和23)年の福井地震と立て続けの人災、天災から復興し目抜き通りや祭りに「フェニックス(不死鳥)」の名前を冠しているほどですが鉄道に関してもその底力を存分に発揮してくれています。

P1010205.jpg
新福井から歩いて福井駅前に戻ってきました。道が真っ直ぐつながってないですがそれでも5分程度のもの。
左の高架が現在えち鉄が使用中の北陸新幹線の高架。
右の赤い建物が新しいえち鉄の福井駅。
使用開始まで後2カ月ほどです

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北陸私鉄 | 23:09:16 | Trackback(0) | Comments(0)
蘭森林鉄道、与川森林鉄道下山沢線アップ
西宮後停留場蘭森林鉄道9(長者畑入橋梁~長者畑)与川森林鉄道下山沢線をアップしました。
shimoyama180318-30.jpg
下山沢のヘアピンカーブ跡のコンクリート橋脚は健在。
大概このような橋梁は橋脚も木材だけでつくられて廃止されると跡形もなくなるので珍しい例だと思います。
残るは長者畑線ですが他に上山沢、下山沢の奥に長大な作業軌道の記録が・・・。


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森林鉄道(長野営林局) | 11:18:06 | Trackback(0) | Comments(0)
温根湯森林鉄道アップ
西宮後停留場温根湯森林鉄道のディーゼル機をアップしました。
No18-2.png
初期のディーゼル機関車導入時の事が中心で現地は石北本線の車内から留辺蘂駅付近を見ただけで行けてません。
15t機が逆勾配を登った旭北峠など地理院地図を見ると廃線跡らしきラインが林道になっているようですが果たして実際行けるのでしょうか?
徒歩だとヒグマに遭いそうなのでちょっとね・・・(- -;)
航空写真と旧版地形図、北見営林局管内概要の地図から路線図をgoogleマップに落とし込んでみました。

大町より先の旭北峠区間や支線区はかなり怪しいので参考程度です。


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森林鉄道(北見、旭川、帯広、札幌営林局) | 10:43:56 | Trackback(0) | Comments(0)
福井鉄道レトラム735号~その2~
735号は駆動方式も変わっています。

P1010219.jpg
福武線全線を走破して越前武生の側線に留置される735号。
シュツットガルトの市電は専用軌道、地下鉄区間、急勾配区間もあり735号にとって福武線程度のインターバン路線はお手の物でしょうか。

P1010220.jpg
すっぽりとスカートで覆われているため台車は半分しか見えませんが軸箱を三方向から防振ゴムで支持するシェブロン式。
直に見ることは出来ませんがモーターは台車ではなくディーゼルカーのエンジンのように縦向きで取り付けられているとのこと。
ユニバーサルジョイント付きの推進軸が内側の車軸を乗り越して外側の車軸を回す乗り越しカルダン方式が採用されているそうです。

P1010228.jpg
言うなればリアルサイズのNゲージ動力みたいなものですね。
画像はトミーテックの鉄コレ動力。中央のモーターから両端の台車へ推進軸が延び、ウォームギアで台車を回しています。


●名古屋市電の乗り越しカルダン車800形
日本国内で他に乗り越しカルダンを用いた電車は現存しませんが過去名古屋市電にいたことがあります。
meicity-812-1.png meicity-812-2.png
名古屋市電800形801~812
1956(昭和31)~1958(昭和33)年にかけて日本車輌で製造。
801号は試作的要素が強く11tの軽量車体でNSL(Nippon Sharyo Lightweightの略)と名付けられ登場しました。
港運輸事務所に配属され主に名古屋駅から名古屋港方面の路線で使われることが多かったようですが軽過ぎて脱線し易く、地下鉄名城線の延伸により路線、所属事務所が廃止され1969(昭和44)年には早々と全廃。
現在は漁礁として渥美半島赤羽根沖に沈んでいるそうな。
今でも港運輸事務所は市バスの車庫として使われておりよく前を通りますがピットの線路が残っていると聞きます。



P1010218_201804022325378b7.jpg
シュツットガルト時代の系統表示幕のスペースを行き先表示として流用しています。
かつての方向幕は健在で"Neckar stadion"行きになってました。
"stadion"はスタジアムのこと。
2018年現在のシュツットガルト市街の地図にこの名前そのものの電停は有りませんが市街地を南北に流れるネッカー川沿いに"NeckarPark(Stadion)"と言う終点の電停があるのでここと思われます。
電停近くには「ベンツ通り」、「ダイムラー通り」、「メルツェデス通り」がありドイツ自動車工業の中枢のような場所です。
電停名の由来となったスタジアムも「メルセデスベンツアリーナ」。
サッカーチームVfBシュトゥットガルトの本拠地です。

シュツットガルトの市電は1435mmに改軌され2007年にメーターゲージ線は全廃となりましたが、仲間の一部は路面電車博物館で大切に保存されています。
動態保存車もあって一部残されたメーターゲージ線で運転されることもあるとか。

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北陸私鉄 | 22:59:33 | Trackback(0) | Comments(0)
福井鉄道レトラム735号~その1~
土佐電鉄から福井に移って「レトラム」の愛称で休日を中心に臨時運転に使われる735号。
寒冷地ドイツ生まれのためか非冷房で窓も十分に開かないためか暑い季節になると動かずなかなか見る機会が無かったのですがようやく見ることができました。

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福井駅前で並ぶドイツ シュツットガルト市電出身のレトラム735号。と元名鉄岐阜市内・揖斐線モ778。
この組み合わせだと735号の丸っこいシルエットから美濃町線にいた元札幌市電のモ870を連想します。

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ドイツの電車らしい大型パンタを振りかざし大名町交差点を行きます。
連接車ではなくそれぞれに単台車が付いたLRVに近い外観。
独エスリンゲン(Esslingen)社製のGT4形と言われるタイプでシュツットガルトやフライブルクなどの市内電車向けに1000mm、1435mmゲージ380台が納入されています。
735号はループ線での方転が基本のため片運転台構造で後部車両に運転台がなくドアも進行方向右側にしかありませんでした。
そのため高知入りの際に714号の運転台付き車と組み合わせの上でドア増設改造が行われました。

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連接部に台車がある福鉄モ770、880よりもえち鉄L01や福鉄F1000形と同族と言えます。


●福井のエスリンゲン車両
福井には735号以前にもエスリンゲン製の車両がいました。
国鉄初の電気機関車でアプト式で有名な10000→EC40形の車体を製造(電気品はアルゲマイネ社製)したのがエスリンゲンです。
トップナンバーの10000号は1911(明治44)年に製造、日本へ送られ翌1912(明治45)年2月に大宮工場で組み立て完了。
信越本線横川~軽井沢の碓氷峠で活躍し1928(昭和3)年の改番でEC40形となります。
1936(昭和11)年4月には後継機ED42の増備に伴い引退。
ところが1、2号機はアプト式関連機器を降ろしてえちぜん鉄道線の前身京福電気鉄道(福井)に譲渡され1942(昭和17)年竣工。
テキ511、512号となって現在福井鉄道と相互乗り入れしている三国芦原線を中心に貨物牽引に活躍しました。
山登りの機関車だけに鈍足ながらパワーはあるためか恐ろしく長大な貨物列車を牽いている写真を見たことがあります。
相互リンク先の「はーさんの鉄道・旅・よしなし草 40年前の鉄道風景 京福電鉄福井支社(1958~1963年)」にてテキ511、512現役当時の貴重な画像を見ることができます。

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テキ511は1964(昭和39)年に国鉄へ返還、鉄道記念物に指定され大宮工場で新車当時の姿に復元。
2018年現在は軽井沢駅で保存されています。
テキ512は1970(昭和45)年に廃車、1979(昭和54)年頃まで福井口車庫に廃車体が残っていたそうです。

40年の時を経てエスリンゲンの電車が再び福井に現れたというのは何とも奇縁ですね。

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北陸私鉄 | 23:00:04 | Trackback(0) | Comments(0)
えちぜん鉄道中角~鷲塚針原の春
今冬は雪害が大きかった福井。
「しらさぎ」の車窓からは南今庄付近では未だ残雪が多く見られました。
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一方で福井市街地など平野部は春を迎えています。
九頭竜川のそば三国芦原線中角~鷲塚針原の沿線でも田起しでカエルが鳴き始め、ヒバリが長閑にさえずる長閑な田園風景は例年通りでした。
中角駅の桜や菜の花のポイントはまだ早かったのですが残雪の山をバックにのびのびと走る三国芦原線のバラエティ豊かな列車
たちが見られます。

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普通福井行。在来の鉄道線用車MC6113。

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その後を追って行く急行越前武生行。
福井鉄道乗入車の赤いフクラムF1004編成

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フクラムと入れ替わりにえちぜん鉄道車ki-boのL-01編成、急行鷲塚針原行が来ました。


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北陸私鉄 | 22:02:24 | Trackback(0) | Comments(0)

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