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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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大井川発電所と大井川鐡道~その6 崎平駅交換設備、構外側線~
●崎平駅構外側線
大井川鐡道大井川本線崎平~大井川発電所1.98kmの側線。
大井川本流筋を流送していた木材を水力発電のため水量が無い区間のみ鉄道輸送するため設けられました。
大井川発電所で使う水は上流の大井川ダムで取水されトンネル水路で大井川発電所まで流れ発電後放水されていました。
1943(昭和18)年にはさらに下流、塩郷駅上流側の久野脇発電所までトンネル水路がつくられ大井川の断流区間がさらに延びたため久野脇発電所対岸に松島側線を設け崎平側線は役目を終えました。
島田まで鉄道輸送する案もあったものの連絡する東海道本線の輸送量が飽和状態で運材列車を島田まで運転することができなかったそうです。
他にも五和側線から索道で大井川を渡して島田軌道に連絡、新金谷からトラックで島田へ木材を運ぶなど木材の大井川越えに苦心しており昭和に入ってからも「越すに越されぬ大井川」の状態でした。

DSC_0918_2018022721242370b.jpg
崎平駅方面を千頭方から見た様子。カーブの先が崎平駅。
左の架線柱根元に元の場内信号機と見られるポールが転がされてます。

DSC_0915_20180227212421f02.jpg
崎平駅から千頭方を見た様子。
線路の左にも開渠の橋台、橋脚があり線路が分岐していたことが窺われます。

DSC_0916_201802272124229df.jpg
同じ場所から振り返ると1面1線の崎平駅プラットホームがあります。
かつては右にも線路が入って島式ホームだった様子。

P1000243.jpg
金谷側から見た崎平駅。左の線路が撤去されたのはいつ頃だったのか。
線路跡に丸石を積んで畑になっています。

P1000244.jpg
崎平駅より金谷方を見た様子。
線路撤去跡は花壇になっています。構外側線はここで本線と合流せずに金谷側へ並行して続いていた様子。

P1000233.jpg
崎平駅の金谷方。
左の道路が崎平構外側線跡。
カーブの奥が崎平駅で右には場内信号機の台座らしきものが残っています。
同じような台座がすぐ傍にもう一つあるのですがそれぞれ腕木式信号機と色灯信号機化後の台座でしょうか?

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専用線跡 | 21:16:39 | Trackback(0) | Comments(0)
大井川発電所と大井川鐡道~その5 非電化時代の大井川鉄道蒸機~
●大井川電力~大井川鉄道直通運材列車の運用
鉄道省への提出書類を見る限りでは大井川ダム~千頭貯木場または千頭駅までは大井川専用軌道GS1が貨車を牽引、両国貯木場または千頭~崎平~大井川発電所では大鉄の蒸機に付替えて運転を行っています。
大井川電力機の大鉄千頭駅構内への乗入許認可申請ではGS1形1~8と8台の乗入が申請されてますが1936(昭和11)年当時6台しかいなかったはず・・・後の2台は一体(・ ・?)
大井川専用軌道の貨車は朝顔カプラーなので自動連結器の大井川鉄道機は連結できず、コフ形に両方の連結器を装備して連結させていたようです。
千頭~崎平1駅間だけなので大井川専用軌道のGLを崎平まで乗入とした方が効率は良いですがスイッチャーが旅客鉄道の本線を走って行っちゃうのは法規的に難しかったのでしょうかね?

運材列車は当時の森林鉄道と同じでエアブレーキ非装備。
制動手が乗務して手巻きブレーキを操作していました。
制動手も両国貯木場または千頭駅で交代しており大鉄線内では大鉄社員が乗務していました。
1936(昭和11)年当時大井川鉄道にいた蒸機は4両。
 5(コッペル1922(大正11)年9月製造29tCタンク機 元伊賀鉄道5)
 6(コッペル1923(大正12)年11月製造27tCタンク機 元伊賀鉄道6)
 15(日立1929(昭和4)年8月製造46t1C1タンク機 東邦電力名義で購入?)
 16(川重1932(昭和7)年2月製造48t1C1タンク機 自社発注)
崎平行きの運材列車は空制無しの短距離運転なので両国貯木~千頭~崎平運用では小形のコッペル機が使われていたのではないかと思われます。

DSC_0555_20180224224016901.jpg
大井川鉄道6号機と同型の日本カーバイド魚津工場専用線(車籍:富山地方鉄道)1号機。
鹿島参宮鉄道から魚津に転じて1969(昭和44)年まで使われ魚津市立材木小学校に保存中。(公道上より撮影)
2号機も隣の滑川市行田公園で保存中。
同じ1923(大正12)年製造で2号機は製番10615と大鉄6号の製番10613と2番違い。
コッペルの工場でほぼ同時に生まれたと言って良さそうです。

大井川鉄道の貨物は寸又川沿いからの御料林材、発電所建設の資材到着など輸送量が追い付かず大井川発電所建設中の1936(昭和11)年には国鉄C12と同型の日車製C121を自社発注で導入。
それでも足りず国鉄からC11、C12、B6や1000形を借り入れていたとか。
何だか動態保存機と似たような面子ですね~。
DSC_0502_2018022621481117e.jpg
かつて自社発注したC121と同じ日車製のC12 164。こちらは1937(昭和12)年9月製造と少し新しいです。
なお1946(昭和21)年頃に2番違いのC12 166を借り入れ使用していたところ脱線事故を起こしたことがあるそうで・・・。

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専用線跡 | 21:56:20 | Trackback(0) | Comments(0)
大井川発電所と大井川鐡道~その4 千頭構外側線(リバーサイド線)~
千頭~川根両国の中部電力静岡水力センターがある場所にはかつて千頭貯木場(両国貯木場とも千頭林鉄の同名貯木場と紛らわしいので以下両国貯木場とする)がありました。
千頭駅だけでは貯木場が不足するため池を掘って木材を浮かべる水中貯木場になっていました。
そのため大井川鉄道は1936(昭和11)年に大井川専用軌道に並行して千頭~両国貯木場740mの構外側線を敷設。
この側線は1970(昭和45)年から1989(平成元)年まで小型蒸機動態運転に利用され、井川線より大井川寄りを通っていたためリバーサイド線と呼ばれていました。
IMG_20161119_120530.jpg
鉄道省文書 鉄道免許・大井川鉄道6・昭和11~12年(国立公文書館所蔵)より
千頭構外側線ができた頃の千頭駅配線図。
下方向が大井川で右下に斜めに延びるのが構外側線こと後のリバーサイド線です。
赤線は1067mm改軌された大井川専用軌道。

IMG_8549.jpg
DB9+スハフ4+スハフ6が牽く井川線千頭~川根両国間運転の「かわかぜ号」。
手前のもう1線分ある敷地がかつての千頭構外側線跡。後の時代のリバーサイド線の名前の由来は見ての通り~。
現在この場所はリバーサイド線跡地上に高架の歩道橋ができて撮影には不向きな場所になってしまいました。
2005(平成17)年7月30日撮影

IMG_8551.jpg
同じ列車を後打ち。
構外側線のレールは撤去されても枕木がそのままになっているのが見えます。
リバーサイド線当時もこの辺までは大鉄本線のE10形電機が乗り入れるため電化されていたようです。
2005(平成17)年7月30日撮影

IMG_8552.jpg
井川線沿いに残るリバーサイド線のガーダー。
2005(平成17)年7月30日撮影

IMG_8555.jpg
中部電力静岡水力センター手前の陸橋から川根両国寄りは貨車留置線として残っています。
この時はCト100形2軸無蓋貨車が大量に留置されていました。
2005(平成17)年7月30日撮影

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日本動力協会機関誌の「動力」第50号(1937(昭和12)年10月発行)P.23より
上の画像と同じ場所をより高い位置から撮影したようです。
静岡水力センターの位置に水中貯木場、川寄りを陸上貯木場として使っていた様子。

今回載せたのは10年以上前の写真ですが今もあまり様子は変わってません。
因みに昨年の様子はこちら~。
大井川鉄道SLフェスタ2017~その2~

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専用線跡 | 21:53:41 | Trackback(0) | Comments(0)
大井川発電所と大井川鐡道~その3 大井川専用軌道~
大井川専用軌道は千頭駅~奥泉堰堤土場の路線でした。
新線付替え部分が川根小山~奥泉、奥泉~アプトいちしろにありますが井川線千頭~沢間~アプトいちしろと一致します。
路線長が資料によって14.41kmとか16.7kmともあり、現在の千頭~アプトいちしろの営業距離9.9kmとあまりに開きが大きいですがこの理由は謎。側線の距離まで加算しているのでしょうか?
大井川鐵道千頭~崎平に貨車を直通させる必要があることから1067mmに改軌したものの連結器はピンリンク式のまま。
当初は最小曲線半径55m、最急勾配1/30(33.3‰)、レールは森林鉄道2級線並みの9㎏レールでした。
この軌道は戦時中に電力統制で生まれた国策会社日本発送電、戦後分割されて誕生した中部電力に引き継がれ1954(昭和29)年には井川、堂平へ延長。1959(昭和34)年8月1日に運行が大井川鐡道へ移管され専用鉄道から地方鉄道に昇格しました。

●大井川専用軌道の車両
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日本動力協会機関誌の「動力」第50号(1937(昭和12)年10月発行)P.22より
GS1形牽引の運材列車。貨車は前から森林鉄道のようなボギー式運材台車のコチ形3車、後ろはコト形が連なっているように見える。レールが極細のため標準軌の軌道であるかのように錯覚してしまいます。
大井川操車場(旧線大井川ダム敷地内?)

大井川専用軌道の車両は1936(昭和11)年の改軌に合わせて新製された大井川電力所属の加藤製作所製8tガソリン機関車GS1形No.1~6の6台、無蓋緩急車コフ形6台、3.5t積み無蓋貨車コト形150台(制動機付45台、制動機無し105台)、4.0t積み長物車コチ形50台(制動機付25台、制動機無25台)、モーターカー1台。1938(昭和13)年に機関車No.7が加わったほかコチ形も18台が増備されていたようです。
コト形は標準的なあおり戸付き2軸無蓋貨車、コチ形は2台1組で1車を構成し木材を積み込むボギー式運材台車でした。
貨車の用途は車体と積み荷の寸法から見てコト形は長さが2.7mと短い黒木(ツガ、モミ、シラベ、ヒメコマツなど)や細切れで運ぶ雑木(ブナ、クリなど)の輸送用。コチ形は長い白木(スギ、マツなど)の輸送用だったものと見られます。
コフ形はコト形の片側に車掌室を設けた緩急車。図面からすると朝顔カプラーと自動連結器を装備していたようでピンリンク式の大井川専用軌道の車両と大井川鐵道の蒸気機関車を連結するためのアダプターの役割があったものと見られます。
今日のCワフ0形の代わりですね。
モーターカーについてはよくわかっていませんが乗用車に軌道用車輪を履かせたようなタイプだった様子。

GS1形は戦後ディーゼルエンジンに換装、DB1形となって戦後転入したDB8、9も加えて大井川鐡道引継ぎ後も大型機が増備されるまで井川線の主力として活躍しました。
戦後はキャブの大型化など改造を受け、末期には現在も残るDB8、9とほとんど同様の車体になっていた様子。

DSC_2226.jpg
川根両国車庫見学会の折に撮影したDB9。

なおDB6、4は1962(昭和37)、1969(昭和44)年に中部電力高根水力専用線(高山本線久々野駅)に相次いで転じ飛騨川最上流部のダム建設資材輸送貨車の入換に使われました。

コト、コチ、コフ形は中部電力専用鉄道となった後も新金谷まで乗り入れていたようですが1953(昭和28)年にトキ200、ワフ0など自動空気ブレーキ、自連付きの本格的な後継車が登場し廃車となりました。
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コチ、コト形後継車のCトキ200形。三菱重工、近畿車両製。

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コフ形後継車のCワフ0形。大井川本線用の並型自連と井川線用3/4自連が縦に並ぶ独特の姿をしています。
日本車輌製。



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専用線跡 | 22:39:55 | Trackback(0) | Comments(0)
大井川発電所と大井川鐡道~その2 大井川ダム土場、堰堤停車場~
●運材設備~大井川ダム土場、堰堤停車場~
大井川電力は大井川ダム、発電所発電開始の1936(昭和11)年10月に備えて設備の新設、更新を行っています。
大井川ダムの横、現在アプトいちしろ駅がある場所には陸揚げ土場と堰堤停車場がつくられました。
その設備は以下のようなスペック
①奥泉堰堤調整池土場 3,586坪(11,851.7㎡)
②木材陸揚用チェーンコンベヤー 原動機100馬力
 ・コンベヤー全長
   斜面部分 180尺(54.5m)、水平部分 318尺(96.4m)
③積込ホーム 600坪(1,983.4㎡)
④木材陸揚デリッククレーン
  原動機15馬力、揚力5t

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日本動力協会機関誌の「動力」第50号(1937(昭和12)年10月発行)P.21より
ダム湖から木材を陸揚げするためのチェーンコンベアが土場の真ん中を通り、鳶口を持った労働者が材種や大きさにより仕分けて下ろしていたようです。

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ほぼ同じ位置から2014(平成26)年に撮影
プラットホームの盛り上がりは当時のチェーンコンベアの名残でしょうか。
チェーンコンベアがあった位置に同じようなギザギザ形状をしたアプト式機関車用ラックレールが通っているのが当時の風景を連想させます。

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日本動力協会機関誌の「動力」第50号(1937(昭和12)年10月発行)P.22より
堰堤土場で積込中の運材列車。線路は左にカーブして今も現役の市代吊橋を渡っていました。

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2014(平成26)年撮影の市代吊橋。1936(昭和11)年三菱重工業製。
対岸は大井川発電所敷地内となるため一般人は渡ることが出来ません。
中部電力専用鉄道時代の1954(昭和29)年井川延長時に奥泉~川根市代(現・アプトいちしろ)の新線が開通した後は道路橋となっています。

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大井川専用軌道時代からの旧線は千頭側現在線合流部付近の一部区間が側線として残存。


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専用線跡 | 22:01:01 | Trackback(0) | Comments(0)
大井川発電所と大井川鐡道~その1 流送と発電所~
大井川鐵道の木材側線の廃線跡~。
かつては電力開発資材、木材輸送で活況を呈した路線で今でも千頭の広い構内や新金谷側線など当時の貨物扱い規模の大きさが偲ばれるものが現役で残っていますが本線系統の側線は新金谷構外側線以外あらかた消えてしまいました。
その内遺構の残る崎平側線を取り上げますが興味深くも複雑な歴史を持ってるので井川線とも絡めてまずは歴史編~。

●大井川の木材流送
大井川流域のの木材輸送は明治以降大井川の水流を利用した流送により島田、金谷まで運んでいました。
江戸時代は徳川幕府により大井川を利用した流送は禁じられていたので流送の歴史は比較的浅かったようです。
幕府が軍事上の理由から大井川の架橋を禁じていたのは有名ですがその一方で最重要「国道」である東海道が筏により遮断されたり渡河の安全が脅かされるのを嫌ったのでしょうか?(だとすると徳川家康の「百姓は生かさぬよう殺さぬよう」を地で行くような政策です・・・^^;)

●大井川発電所の建設
大井川の電力開発は明治時代より始まっていましたが東邦電力系の大井川電力が大井川本流を堰き止める大井川ダム(奥泉堰堤とも呼称)、大井川発電所の建設を1934(昭和9)年に始めています。
大井川ダムは現在の大井川鐡道(以下・大鉄)井川線アプトいちしろ駅の横、発電所は大井川本線崎平駅の2kmほど下流側に位置します。
senzu-map.png
1938(昭和13)年頃の大井川電力専用軌道、大井川鐡道、千頭森林鉄道の略図
大井川ダムより上流からの木材は大井川ダムで陸揚げ堰堤停車場~両国貯木場・千頭~崎平~大井川発電所を鉄道輸送。
寸又川方面からの御料林材は千頭森林鉄道で千頭貯木場へ運ばれていました。
大鉄自体も寸又川奥地の御料林開発を行っていた宮内省と大井川、寸又川電力開発を目論んだ電力会社が株式保有過半数を占め電力開発鉄道かつ森林鉄道としての色合いが濃い鉄道でした。その意味では田口鉄道(後の豊橋鉄道田口線)北恵那鉄道坂川鉄道と同類の鉄道と言えます。
大井川電力のダム発電所計画に対し大井川本流で流送を行っていた大井川川狩組合は強硬に反対、大井川電力に対しダム~発電所の流送が中断する区間の代行手段として鉄道の敷設を要求。
これには千頭~大井川ダムの工事軌道である大井川専用軌道を利用・・・現在の井川線千頭~アプトいちしろの区間に当たります。
大鉄に貨車を直通させるため大井川ダム建設に使った大井川専用軌道沢間~大井川ダムを762mmから1067mmに改軌。
富士電力軌道に乗り入れていた千頭~沢間は引き続き富士電力の762mmゲージ車両も通るため1067mmとの3線軌条とします。
なお富士電力軌道は1938(昭和13)年に宮内省帝室林野局へ譲渡され千頭森林鉄道になりました。
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堰堤停車場、木材積込み土場跡にあるアプトいちしろ駅と大井川ダム

大井川専用軌道をガソリン機関車牽引で下った運材貨車は大井川電力と同系列企業である大鉄の大井川本線千頭~崎平に乗り入れ崎平から専用線で大井川発電所の放流場へ至っていました。
驚いたことにこの木材輸送の運賃は全て大井川電力側で持つこととされ、しかも期日の12日以内の輸送ができない場合は大井川本線で新金谷まで電力会社負担で輸送する事と義務付けられました。
富山県の庄川など他の河川で運材側が電力側に敗北、駆逐されていった例から見ると信じられない事ですが川狩組合側に圧倒的有利な状況で運材列車が走り出しました。

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大井川対岸の青部地区から見た大井川発電所



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専用線跡 | 15:36:51 | Trackback(0) | Comments(0)
川辺ダムのインクライン
飛騨川にある中部電力の川辺ダム。
高山本線中川辺駅から歩いて10分程度でしょうか。
ダム堤体に大規模なインクラインが有るのが特徴です。

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東邦電力が建設した川辺ダム。
ネット上では1936(昭和11)年竣工と出ていることが多いですが当事者である東邦電力が出した「飛騨川水力開発史」には1937(昭和12)年12月竣工と有りました。
ダムの竣工が1936(昭和11)年、発電所の竣工が1937(昭和12)年と言うことかも知れません。
有効落差24.2m、発電所の最大出力30,000kw、常時出力6,500kw。
ダム、発電所の所有は戦時中に日本発送電、戦後中部電力に移って現在に至ります。
問題のインクラは向かって左(右岸)に見える滑り台のような舟筏路上にあります。

P1000096.jpg
舟伐路は飛騨地方から飛騨川で流送される木材を通すために設けられたもの。
この少し上流の下麻生綱場までは丸太を一本一本流す管流しが行われ、下麻生で筏に組んでいたため幅広な舟伐路となっています。
しかし現実には1934(昭和9)年時点で高山本線が既に全通しており下麻生綱場も1933(昭和8)年に廃止、御料林からの官材は鉄道輸送に切り替わっており実際に筏が通ったことがあるのかは不明。民材が細々と通ったことはあるかもですが・・・。
インクラインは木曽川河口・桑名~下麻生湊に舟運があったため舟を上下させるために設けられたものです。

P1000097.jpg
舟伐路の壁上にレールが敷設されその外側にワイヤーロープをガイドするためのプーリーがあります。
左右からワイラーロープで台車を支持するようですが曲線部の内輪差はどうやって調整するのでしょうね?
舟伐路やインクラ線路、その左の魚道も草生して使われている感じがありません。
今でも舟を通したいと言えば動かしてもらえるのでしょうか???

P1000092_2018021522520173e.jpg
ダム堤体上に見える巻揚機と台車。
舟を載せるため船底型の荷台になっています。
2軸単車で車輪は両輪とも両フランジです。

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現役側線・専用線 | 23:31:10 | Trackback(0) | Comments(0)
名古屋市郊外のコキフ50000の車掌室
名古屋市郊外某所にコキフ50000の車掌室が置いてありました。
ワフやヨなら珍しくもない(とは言えこれもだいぶ数も減りましたね)のですがコキフとなると希少価値が高いですね。
名古屋近辺では名古屋貨物ターミナル構内と他にもう1か所で見た覚えがありますがそちらはまだあるかどうか不明。
P1000082.jpg
中央に低いガラベン、右にT字形の背の高いガラベンの2つがあるのでコキフ50000と見られます。
コキフ10000は中央のガラベンのみとのこと。
コキフはどちらも現役時代を見たことがない車両なので大雑把なイメージしかなくてよく分かってませんが(爆)

P1000077.jpg
乗務員扉の窓が大きいタイプです。
運送業者さんが倉庫代わりに使っている(いた?)ようですね。

P1000080.jpg
コンテナ側は壁だけでのっぺらぼうです。

P1000078.jpg
道を挟んで反対側にはワム60000かワラ1と見られる貨車も。
上半分しか見えずこれだけではどちらかまでは判別不能。

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保存車 | 23:00:41 | Trackback(0) | Comments(0)
温根湯森林鉄道No.18
石北本線留辺蘂駅から層雲峡の石狩川源流部まで50kmを超す線路が延びていた温根湯森林鉄道。
北見営林局内から旭北峠を越え旭川営林局上川営林署管内まで線路が乗り入れていたため箱型ボディ4軸駆動の協三工業製15t機が活躍しました。

●森林鉄道最大最強のディーゼル機関車
1954(昭和29)年1月購入のプロトタイプ機No.18は層雲峡運材を想定して投入されたようです。
雪解け後5月より就役したNo.18は当時のディーゼル機としては故障も少なく運用成績は良好でした。
搭載の日野DL-10形エンジンは最高出力200HPを誇ります。
運材貨車にも蒸機時代から自動空気ブレーキの簡易版である森林鉄道用三菱SA型ブレーキシステムが導入されており、貫通ブレーキを化された運材列車を平坦区間では30両、旭北峠区間では15両牽引していました。

No18-2.png     No18-1.png
温根湯森林鉄道No.18
前面は国鉄101,103系辺りを連想させる切り妻3枚窓スタイル。

●洞爺丸台風と15t機
No.18が就役して5ヶ月が経とうとしていた1954(昭和29)年9月26日、北海道を台風15号が襲います。
函館湾で洞爺丸他の青函連絡船を沈め大勢の犠牲者をだし後に洞爺丸台風として知られるこの台風は北海道の原生林を荒し多くの風倒木を発生させました。
これらの風倒木を輸送するため15t機の量産車No.27、28、38、39の4台が導入されました。
これらの量産車は前面2枚窓、乗務員扉の引き戸化などいくらか外観が異なっています。

一時活況を呈した温根湯林鉄ですが旭川から層雲峡、石北峠を越え留辺蘂へ抜ける大雪国道が開通するとルートがほぼ全線に渡って並行するため存在意義が無くなり1960(昭和35)年度で全線撤去、15t機は内4両が丸瀬布署へと移管されますがこちらも間もなく撤去。
これらの機関車はまだ新しかったものの一部の10t機を除き木曽への転属なもなく解体されてしまったようです。

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森林鉄道(北見、旭川、帯広、札幌営林局) | 23:41:19 | Trackback(0) | Comments(0)
三洋化成工業名古屋工場専用線(名古屋臨海鉄道東港駅構内扱い)
前回石灰貨物を撮った名古屋臨海鉄道三洋化成前。
専用線は2018(平成30)年2月現在もコンテナ車で酸化エチレンなどの搬入が見られますがコンテナになってからあまり撮ってませんね~(^ ^;)~
撮影は3枚とも2004(平成16)年2月25日です。

作業キロ:3.0km
作業方法:社機

三洋化成工業名古屋工場は1968(昭和43)年に開設されています。
名古屋臨海鉄道南港線東港~南港(現・名古屋南貨物)開業が同年9月1日なので専用線もほぼ同時にできたものと見られます。
作業キロ3.0kmと長いですがこれは東港から延々本線上を走って来る距離があるためです。

img071.jpg
工場内から引上線に出て来るND552 8+タキ7750+タキ14700。
突放作業を行うため操車さんがブレーキてこ横のステップに添乗してます。
タキ7750は昭和町の東亜合成から苛性ソーダを運んでいたもので名古屋臨海線内のみのごく短区間で完結する運用だったのでその筋では知られた存在でした。
因みにここから昭和町まで車だと5分程度です。

img072.jpg
タキ14737
タキ14700形日本触媒所有の液化酸化エチレン専用車。川崎の神奈川臨海鉄道千鳥町から来てました。
酸化エチレンはエチレングリコールの原料で化粧品や不凍液などいろいろな用途があるようです。
タキ14737は1996(平成8)年日本車両製と新しかったのですが10年ほどでコキ200に置き換えられコンテナ化。

img073.jpg
タキ14725
同じタキ14700形ですがこちらは日本石油輸送所有で1980(昭和55)年日本車両製。
台枠など下回りが黒塗りで全体的に白っぽい14737とは印象が異なります。
常備駅は郡山だったようですが実際どこから荷を運んで来てたのでしょう。

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現役側線・専用線 | 23:11:27 | Trackback(0) | Comments(0)
名古屋臨海南港線三洋化成前付近
名古屋臨海鉄道南港線の曇りの日向け撮影ポイント。
曇りだったので逆光を嫌ってあまり撮らない上り列車を撮影~。

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三洋化成前の踏切から。
側線があり三洋化成の専用線が分かれてますが独立の駅ではなく北に3㎞ほど離れた東港の駅構内扱いです。
そのため場内、出発信号機ともありません。

P1000031.jpg
ND602が牽引する新日鐵からの石灰石返空を撮影。

img070.jpg
以前はこの南側に歩道橋から上り列車を俯瞰で撮影できるポイントがあったのですが名古屋高速4号東海線開通により東海JCTの高架が目の前を塞いで過去の撮影ポイントとなってしまいました。
長大編成の列車がアウトカーブを行く迫力ある風景が見られましたが撮影するには天気と国道247号の交通状況に大きく左右されるリスクが高いところ。
この写真でも列車後方からトラックの車列が迫っていてヒヤヒヤしてました(^ ^;)
2005(平成17)年1月29日撮影

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私鉄貨物 | 23:10:31 | Trackback(0) | Comments(0)
名古屋臨海鉄道昭和町駅
久し振りに名古屋臨海鉄道昭和町線昭和町駅へ行って見ると・・・。
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線路はあるものの枯草に埋もれてました。
列車の運行が無くなって9年・・・一応まだ廃止にはなってないようですが東亜合成工場内を通り抜ける部分の線路が撤去されているので実質廃線状態です。

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途中の積込み設備の信号機が残ってます。
私が見ていた頃は線路最奥部の積込み設備だけしか使ってなかったのでこの設備が稼働していたところは見たことがありません。

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積込み設備をシルエットで。



昭和町線現役時代(2004(平成16)年3月17日撮影)の様子。
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左の貨車(タキ7050+コキ200)の横に見える建物2棟は1枚目に載せた写真の建物です。

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ND552 9がタキ7750を入換中。

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機関車が前後に貨車を引っ掴んで入換なんて芸当も見られました。


私鉄貨物 | 22:44:04 | Trackback(0) | Comments(0)
十勝上川森林鉄道D102~104のページUP
西宮後停留場十勝上川森林鉄道D102~104 をアップしました。
D102-1.png
十勝上川森林鉄道にいた林鉄には珍しいC型ロッド駆動の機関車です。
車両だけで現地に行ってないので今回は書類上の車両調査結果のみ(^ ^;)
雪が溶けたら現地に行って見たいですねぇ。



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森林鉄道(北見、旭川、帯広、札幌営林局) | 23:49:09 | Trackback(0) | Comments(0)

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