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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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進駐軍→航空自衛隊第3航空団小牧基地専用線(名鉄小牧線豊山(貨)駅)~その2~
小牧基地専用線の続き。

IMG_1385.jpg
愛知県道102号名古屋犬山線(国道41号旧道)を横断したところにある入換信号機も変わらず立ち続けてます。

IMG_1373.jpg
分岐部にあったダルマ転轍機だけが無くなっていました。

IMG_1376.jpg
基地前の複線部分。
基地に入って行く線路は1本分しか無いことから推測すると末期の基地内の線路は行き止まり式の1本だけで入口で機回しを行ってからタキを推進で入れていたのかも。

IMG_1380.jpg
架線柱の「自衛専用 一〇 昭36.3」の銘板。
専用線電化は同年4月20日です。
小牧基地用に割り当てられてたDED8589は1958(昭和33)年頃には輸送量急増でひっ迫していた東名港の愛知県営側線(1965(昭和40)年8月1日に名古屋臨海鉄道に引き継ぎ。同鉄道の東築、汐見町、昭和町線に当たる)の入換用に名電築港へ転属していました。
電化まで3年ほどブランクがありますがその間専用線は休止状態だったのでしょうか。

IMG_1382.jpg
基地入口でまた1本になってますがレールは門前で途切れており、googleマップで見たところ基地内も既に撤去済みのようです。


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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

専用線跡 | 22:27:18 | Trackback(0) | Comments(0)
進駐軍→航空自衛隊第3航空団小牧基地専用線(名鉄小牧線豊山(貨)駅)~その1~
航空自衛隊小牧基地への専用線を久し振りに見てきましたが特に変わりありませんでした。
この専用線は以前「西宮後停留場」にも載せてたのですがデータが壊れて見えなくなってしまいました(^ ^;)
初めての訪問からかれこれ20年以上経ち、使用停止から半世紀経ってこれだけ施設が残っているのも珍しいですね。

●小牧基地
小牧基地の前身は太平洋戦争中の1942(昭和17)年に建設が始まり1944(昭和19)年2月に使われ始めた陸軍小牧飛行場。
日本の敗戦後占領下の時代には進駐軍が規模を拡張して使用し、1952(昭和27)年には民間の利用も始まりました。
1958(昭和33)年には米軍から返還され航空自衛隊小牧基地となっています。
また2005(平成17)年2月に中部国際空港が開港するまでは名古屋で唯一旅客機が発着する空港でもありました。

●専用線について
専用線は進駐軍が小牧飛行場を拡張使用するために敷かれたものと見られ、1945(昭和20)年10月1日に名鉄大曽根線(現在の名鉄小牧線)牛山信号場分岐で開業。
この線は元々非電化でガソリンカーが使われていましたがガソリン不足と軍需による通勤輸送強化のため1942(昭和17)年7月1日に上飯田~新小牧(後に小牧)が直流600Vで電化。
当時はまだ犬山~小牧が非電化のままで小牧線(後の岩倉支線)を介して電化区間がつながっていました。
貨物は新鵜沼短絡線で国鉄と連絡しており、電化区間でも蒸機、DEDが牽いていたとのこと。

作業キロ:1.3km
作業方法:社機

●専用線の車両
専用線は非電化で1000形蒸機や後には米陸軍8500形電気式ディーゼル機関車(後名鉄に払い下げられDED8500形)が使われました。
専用線は1961(昭和36)年4月20日に直流600Vで電化、1964(昭和39)年10月1日には小牧線と共に1500V昇圧されたものと思われます。
600V時代の機関車はデキ250デキ1000、1500V時代は昇圧工事を受けたデキ252などが使われていたようです。
貨車は航空燃料輸送用のタキ3000が入っていた写真を見たことがあります。

IMG_1395.jpg
牛山(信)→豊山駅跡。
専用線廃止後単線、複線区間が混在していた頃は新たに豊山信号場が置かれていましたが今は平安通~上飯田~小牧が複線化されただの駅間になってます。

IMG_1392.jpg
分岐部分の光景は止めてある車以外20年前から変わっていません。

IMG_1386.jpg
10mほどは生活道路として使われてますがその先はロープが張られて立入禁止(?)になりました。
また以前は架線柱にビームも残っていたのですがいつしか撤去されました。
撤去したのは航空自衛隊なのでしょうか??

IMG_1394.jpg
専用線現役時代はほとんど田園ばかりだったようですがいまでは工場、倉庫が増えて殺風景です。

●専用線の運用
名鉄OBの方(名鉄以前は南満州鉄道(!)にお勤めだったとのこと)から昭和20年代後半頃の専用線のことを伺ったことがあります。
普段は電車の車掌としてお勤めでたまに小牧基地への貨物車掌乗務が回ってきたそうです。
小牧~豊山を往復するだけの暇な運用だったそうで朝一で豊山に着くと入換して昼に小牧へ戻るまで何もすることが無くポイントを磨いたり側線の草むしりをして時間を潰したとか。
小牧駅では貨車の入換が盛んで突放作業もよく行っていたとのことでした。
突放作業中のブレーキミスで国鉄貨車をぶつけて手すりを曲げてしまったときは土をかけた上でハンマーで叩いて直したとか。
土をかけることでハンマーの跡が付かずバレなかったとのこと・・・もうその貨車もこの世にないでしょうし時効でしょう(^ ^;)

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専用線跡 | 00:01:32 | Trackback(0) | Comments(0)
森林鉄道とリニア
三殿営林署(長野県南木曽町)の蘭森林鉄道大沢停車場から分かれていたという作業軌道・・・仮称・大沢作業軌道。
昭和20年代に存在したようですが大沢に妻籠営林署の機関車庫と作業軌道があったと言う以外具体的な情報がありません。
高さ10mの桟橋軌道があったなど助六の軌道みたいな話を聞きますが・・・。
試しに行って見ましたがやはり桟橋軌道だけあって痕跡は見当たらず~。

IMG_1595.jpg
大沢林道から蘭森林鉄道跡を見下ろした様子。下に見える雪で白い道がそうです。
ちょうど大沢停車場跡ではないかと思われる場所。
大沢作業軌道は大沢林道と目的地は同じ南蘭国有林のはずですがルートは不明。

IMG_1593.jpg
林道上に1.5kmのキロポストがあります。
これは林鉄時代とデザインが同じだけで作業軌道とは直接関係ないはず。

IMG_1591.jpg
そのすぐ先にこんなものが。
リニア中央新幹線は飯田から中津川に抜けるということしか知りませんが恵那山トンネルよりは随分東なんですね。
プリミティブな作業軌道を探してたらリニアが出て来たというのは何とも意外でした。

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森林鉄道(長野営林局) | 21:33:53 | Trackback(0) | Comments(0)
旧名鉄一宮線の岩倉跨線橋撤去
1965(昭和40)年4月25日に廃止になった名鉄一宮線の岩倉~元小山にあった愛知県道63号名古屋江南線の跨線橋。
一宮線廃線後跡地を利用した愛知県道149号浅野羽根岩倉線を跨ぐ跨道橋となってからも半世紀以上使われましたが最近通ったところ取り壊し中でした。

IMG_1367.jpg
廃線後も「名鉄線」の文字が刻まれていた銘板が付いた親柱は既に撤去済み。

IMG_1368.jpg
明治から大正に改元された直後の1912(大正元年)8月6日に犬山への路線と共に名古屋電気鉄道初の本格的鉄道線として開業した頃は複線でしたが名岐線(現在の名古屋本線)開業後は存在意義が薄れ第二次大戦中に単線化。
跨線橋は単線化後につくられたものですが複線分の桁が単線の上を跨いでいました。

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架線を吊っていた碍子かスパーク避けの板を支えていたものと見られるボルトが突き出ていました。

IMG_1371.jpg
名古屋側の盛り土は既に取り除かれており岩倉跨線橋撤去後はただの交差点になるようです。

IMG_1584.jpg
一宮線最終日に運用に就いていたという3730系ク2740+モ3740編成を鉄コレ豊橋鉄道モ1751+ク2751(元名鉄モ3755+ク2755)発売時に購入して改装しました。
少し待てば名鉄仕様も発売されたのですが・・・(^ ^;)

名鉄一宮線は尾張一宮、新一宮駅まで後ちょっとの場所で途切れた東一宮駅が終点。
末期のダイヤは30分ヘッドだったそうですが列車代行の名鉄バスは1時間に3,4本で尾張一宮駅前まで乗り入れ。
公共交通機関の利便性が上がっているのは良いことで僕もよく使う路線です。

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名鉄 | 23:37:55 | Trackback(0) | Comments(0)
蘭森林鉄道跡の大吊橋
長野営林局三殿営林署の蘭森林鉄道跡。
昭和20年代末に逸早くトラック化されてしまったためあまり残っていないと思ってましたが意外と大きな遺構が残ってます。
中山道の宿場の街並みが残ることで観光スポットとして有名な妻籠宿から国道256号を飯田へ向けて2㎞ほど行った大高取にある蘭川橋梁跡。

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国道対岸へ奥からアプローチしたところ現れたのは森林鉄道としては珍しい大築堤。

IMG_1424.jpg
その末端には・・・。

IMG_1425.jpg
異様な雰囲気の木製櫓。
林鉄廃止後に蘭川橋梁の橋台を利用していた歩道用吊り橋の主塔です。
林鉄の廃止後できた歩道も廃道化して久しいのですが国土地理院の地形図には未だにこの橋が残っていることになっています。

IMG_1427.jpg
林鉄時代は三径間の大木橋、後に鉄橋化されてたようですが対岸までの長さは目測50mくらい?
間には2本の高い石積み橋脚が立っています。
吊り橋としてもかなり大規模ですがこの木製主塔で支えていたのか(・ ・;)
対岸に見える白いガードレールは国道256号線。
大平峠、清内路峠を越え木曽谷と伊那谷を結ぶ街道に由来した道であり元々交通の便が開けた場所だったことが森林鉄道を早く廃止に追いやったとも言えそうです。

IMG_1433.jpg
周りを見ると古そうなトリスウイスキーポケット瓶が落ちてました。
林鉄跡では現場作業員が寝泊まりしていた製品事業所跡付近など必ずと言っていいほど一升瓶が落ちてますが今回は小さなポケット瓶でした。

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森林鉄道(長野営林局) | 22:32:40 | Trackback(0) | Comments(0)
新鵜沼短絡線(名鉄犬山線新鵜沼駅~JR高山本線鵜沼駅)~その2~
新鵜沼短絡線の続き。

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高山本線鵜沼駅富山方の山崎街道踏切から鵜沼駅構内を見た様子。
辛うじて引上げ線の一部が残ってますが短絡線部分は住宅になって面影なし。

DSC_0097_201712172105189bc.jpg
同じ場所に短絡線のレールが一部残っていた頃。
新鵜沼方には既に住宅建築中で犬山線との接続は切られてますが辛うじて一部のレールが残ってました。
右の側線の車止めも木組みの味わい深いものでした。
2012(平成24)年5月5日撮影

新鵜沼短絡線からは犬山線、小牧線内各駅発着の貨物、さらに広見線新広見駅が発着していました。
ここから入る貨車の発着先としてはニチボー(犬山線犬山)、東洋紡(犬山線木津用水)、福玉精麦(犬山線布袋)、進駐軍→自衛隊小牧基地(小牧線豊山)に専用線がありました。
1950年代の関西電力丸山ダム建設時には最寄りの国鉄連絡駅で太多線と接続する広見線新広見駅だけでは容量が足りず新鵜沼短絡線でも貨車を授受していました。
電気機関車は大型機は入って無かったようですが旧名岐デキ100、旧三河デキ300、旧愛電デキ370、東洋紡私有機デキ110、元関電私有機デキ250、電動貨車デキ1500など多彩な顔ぶれが見られたようです。


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名鉄 | 21:27:24 | Trackback(0) | Comments(0)
新鵜沼短絡線(名鉄犬山線新鵜沼駅~JR高山本線鵜沼駅)~その1~
高山線新鵜沼駅と名鉄犬山線新鵜沼駅の短絡線。
本業は貨物連絡用の側線のはずですが2001(平成13)年9月30日に特急北アルプスが廃止されるまで毎日列車が通っていたので覚えている方が多いと思います。
戦前も名岐鉄道が高山線直通列車を走らせており押切町(新名古屋地下線開業前の名古屋側終点)~鵜沼に自社の電車牽引で国鉄客車を走らせ鵜沼から富山まで直通させたり、モ750形や元尾西鉄道のモ250形を柳橋~鵜沼は自走、高山本線の列車に併結して下呂まで乗り入れるなど華やかな歴史を持っています。

P1020574.jpg
名鉄側の短絡線分岐跡。線形そのままに道路化されてます。
連絡線現役時も何度も来てますが隣の犬山橋併用橋の方ばかりでこちらで列車を撮ったことは一度も無し(爆)
沿線が建て込んで列車との間隔もないためあまり走行写真向けでは無かったこともありますが1枚くらい撮っとけよな(笑)

P1020576.jpg
名鉄名古屋方。
この先すぐに犬山橋で2000(平成12)年3月までは県道(かつては国道41号)との併用橋になってたためここらから列車はタイホーン、ミュージックホーン鳴らしまくりで徐行してましたがそれも今では昔話。
2駅先で分岐する広見線、小牧線が600V電化だった時代、1500Vの犬山線も直通するため蒸機1000形、電気式ディーゼル機DED8500形牽引の貨物列車もあり併用軌道に乗り入れてたそうです。

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住宅街に突っ込む短絡線。
かつては田んぼの中だったようですが後に住宅に埋もれてしまった様子。
連絡線廃止後駅出入口がこちらにもできて便利になったためか最近は新しい住宅が増えています。


P1010009.jpg
2002(平成14)年8月25日撮影
毎日この線路を走っていた特急「北アルプス」が廃止されて1年ほど経っているため既にレールは錆びついています。
周囲の住宅の形状から推定して1つ前の写真の中央奥に見えるカーブミラーの辺りから振り返って撮影したものでしょう。



P1020631.jpg
右カーブがきつくなるところで道路は短絡線跡から分かれています。
短絡線は奥の住宅の場所を通っていました。
この住宅になっている辺りで前回の名鉄各務原線新鵜沼駅旧ホーム跡への側線が分岐していました。

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2002(平成14)年8月25日撮影
上の写真とほぼ同じ位置から見た様子です。周囲の住宅やアパートの形状が一致するので同定できますね。



P1020635.jpg
高山本線山﨑街道踏切から富山方を見た様子。
以前は前方の用水路にガーダー橋が架かっていましたが撤去済み。

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ガーダー橋、安全側線、短絡線分岐器が残っていた頃の同一地点。
2012(平成24)年5月5日撮影

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廃線跡(一般鉄道) | 22:54:42 | Trackback(0) | Comments(0)
名鉄各務原線新鵜沼駅旧ホーム跡
JR高山本線、名鉄犬山線、各務原線の集まる鵜沼。
JRは鵜沼駅、名鉄は新鵜沼駅と別々ですが以前は改札口も共同でした。
名鉄の架線電圧はかつて600Vだったのが1500Vに昇圧されています。
昇圧は犬山線1948(昭和23)年5月、各務原線1964(昭和39)年3月と16年の開きがあり、その間は3600系のような複電圧車を除けば直通運転ができず、新鵜沼駅も乗り場が分かれて高山本線と並行に各務原線ホームがありました。

P1020573.jpg
かつての各務原線ホームを鵜沼駅自由通路上から見た様子。
奥が岐阜方で左からカーブして奥へ続く複線電化線が各務原線、右の非電化線が高山本線。
かつての各務原線は直進して来て左の空きスペースに止まっていました。

P1020572.jpg
鵜沼駅3番ホームから各務原線の電車を見ると線形的にはこちらに入ってくる方が自然な感じ。

P1020571.jpg
今では橋上駅舎化されてすっきりしてますがかつては・・・

画像 002
空きスペース部分に名鉄の電化線路が入ってました。
かつて鵜沼駅富山方に特急北アルプスが高山本線に乗り入れる短絡線がありましたがこの短絡線を介して名鉄犬山線とつながっていました。
この側線に名古屋市交鶴舞線3000形が留置されていたのを見たこともあります。
2002(平成14)年9月3日撮影

画像 001
各務原線との連絡は既に切られていました。
2002(平成14)年9月3日撮影

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名鉄 | 23:22:35 | Trackback(0) | Comments(0)
与川→王滝森林鉄道(三殿→上松運輸営林署)No.41
西宮後停留場の与川森林鉄道制作進行でブログネタが追い付いてません~(^ ^;)
というわけで与川森林鉄道の機関車の1台をピックアップ。

中央本線南木曽駅(当時は三留野駅)隣接の三殿営林署運輸事業所に所属していた加藤製作所製4tガソリン機No.41(旧番No.49)。
1936(昭和11)年度に購入されており、木曽の林鉄機としては珍しく高床式台枠を持っていました。
イラストは昭和20年代半ば以降に上松運輸営林署に転属しエンジンを日野DS11に換装してディーゼル化、車体上回りも大改造した後と見られる姿です。

No41-3.png
フードカバーのルーバーは上松運輸営林署機工課自作らしいつくり。
上下に丸穴を開けてその間を真っ直ぐ切断してプレスして折り曲げてます。
縦横の違いはあるものの同課が改造したモーターカーNo.4前面ラジエターグリルのルーバーと同じような形状です。

No41-4.png
キャブは加藤製作所の原形スタイルですが屋根を酒井風の丸屋根に改造したため普通の加藤機と雰囲気が違います。

これだけ大改造した割には何故か1956(昭和31)年に早くも廃車されてしまいます。
事故にでも遭ったかよほど調子が悪かったのでしょうか?

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森林鉄道(名古屋営林局) | 23:42:27 | Trackback(0) | Comments(0)
三瀬谷駅の専用線(紀勢本線三瀬谷駅)~その2~
紀勢本線三瀬谷駅のもう1本の専用線。
こちらも取扱貨物は木材です。

●三瀬谷木材市場専用線
作業キロ:0.2km
総延長キロ:0.1km
作業方法:国鉄動車、手押
専用線一覧1957(昭和32)年版~1984(昭和59)年版で確認
P1030121.jpg
3番線の亀山方から三瀬谷木材専用線の方向を見た様子。

P1030108.jpg
新宮方には貯木場の敷地が拡がりますが木材はなく、奥は駐車場化されている様子。
3番線と貯木場の間に1線敷けそうな用地がありますがこれが専用線跡のようです。
左には三瀬谷木材の本社事務所が建っています。

P1030134.jpg
駐車場となっている新宮方から見た様子。

P1030110.jpg
紀勢線に向かって掲出されている「三瀬谷木材KK」の看板。
株式会社の略称をKKと書くのも今となってはほとんど見かけません。

P1030102.jpg
三瀬谷木材の味のある事務所建物。
1948(昭和23)年の航空写真には貯木場が写っておらずこの建物も案外新しいようです。
玄関前の門柱には「三瀬谷地区木材協同組合」の文字があります。

紀伊半島は民有林の割合が高く森林鉄道が多い御料林、国有林は奥地にしかありませんでした。
民営森林軌道が多かったことも特徴的です。
これらの路線では犬やスーパーカブを機関車代わりにして空車トロ引上げを行っており興味が尽きません。

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専用線跡 | 22:48:28 | Trackback(0) | Comments(0)
三瀬谷駅の専用線(紀勢本線三瀬谷駅)~その1~
紀勢本線三瀬谷駅は大台ケ原、奥伊勢観光の拠点駅とのことで特急南紀も停車するのですが無人化されている上に現在の市街地には背を向けた立地でどうもぱっとしません。
P1030105.jpg
三瀬谷駅前。駅前広場に客待ちタクシーがいるのがせめてもの救い。

P1030126.jpg
普通列車は313系電車の気動車版キハ25主体。

かつては木材関係の専用線が2つあり専用線一覧1957(昭和32)年版から記載があります。
木材積出駅として栄えたようで過去には1965(昭和40)年製東洋工機製5t貨車移動機(機械番号:06-28-01-126)、1969(昭和44)年協三工業製10t貨車移動機(機械番号:06-28-01-234)が配置されていたそうです。

P1030129.jpg
駅舎横の一般貨物側線。
2面2線ありそれなりに扱い量が多かったようです。
現在は保線用のホッパ車への砂利積込みに使っている様子。

P1030130.jpg
過去の航空写真を見ると貨物上屋もあったようです。

専用線は以下の2本
●大阪営林局尾鷲営林署専用線
作業キロ:0.1km
作業方法:国鉄動車、手押
専用線一覧1957(昭和32)年版~1967(昭和42)年版で確認

P1030124.jpg
亀山寄りにあった尾鷲営林署三瀬谷土場跡(右)はショッピングセンターになってます。
尾鷲営林署専用線はキハ25の止まっている2番線からホームを挟んで2本目(4番線?)の側線と思われます。

P1030115.jpg
土場の面影も無し。
土場跡と駅に高低差が有りますが貨車積込み時はどんな風にしていたのやら?
現在はこちらに国道42号線現道が通っているのでにぎやかになってます。
土場跡のショッピングセンターなど商業施設のほか大台町役場、消防署、警察署、図書館など公的機関もこちら側に集まっておりせめて駅出入口をこちらにも設けるくらいすれば地元の方には便利かと思うのですがいかがなものでしょう?

●大和谷の林鉄、索道と三瀬谷駅
三瀬谷駅近くを流れる宮川上流には御料林があり1937(昭和12)年に帝室林野局名古屋支局愛知出張所の大和谷森林軌道(1,148mの手押軌道)、大和谷索道(962mガソリンエンジン動力)が敷かれ林鉄と索道と引き継いで降ろした木材、木炭をトラックで三瀬谷土場まで運んでいたようです。
御料林は1947(昭和22)年の林政統一後は大阪営林局船津→尾鷲営林署所管の国有林となりますが大和谷林鉄は1968(昭和43)年、大和谷索道は1973(昭和48)年に撤去されて事業が終了したようです。専用線の無くなった時期とも一致しますね。
現在も大和谷索道の巻揚機や櫓はそのまま残ってるらしいのでこちらも気になるところ~。

参考文献:
三重県の森林鉄道-知られざる東紀州の鉄道網-(片岡 督、曽野和郎/著)
専用線一覧表(日本国有鉄道貨物局)
機関車表 フル・コンプリート版(沖田 祐作・著/ネコ・パブリッシング)

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専用線跡 | 23:09:50 | Trackback(0) | Comments(0)
高山本線焼石駅旧駅舎
現在は新しい小さな駅舎になってしまった焼石駅。
以前の木造駅舎末期に撮影していたものをUPします。
撮影は全て2014(平成26)年5月4日です。
DSC_0694_20171204223822d04.jpg
1929(昭和4)年4月14日に飛騨金山~焼石が開業した時からの駅舎。
翌1930(昭和5)年11月2日の下呂開通までは高山線の終着駅で、当時の写真を見ると御嶽山登山客や下呂温泉への客を狙ったタクシーがずらりと並び今の鄙びた雰囲気からは想像できない風景も。

DSC_0693_20171204223821569.jpg
標準的な木造駅舎ですが窓の天地巾が大きく室内も明るい印象でした。

DSC_0695_201712042238246af.jpg
駅前の様子。
飛騨川沿いの狭い土地で道路向かいの家の裏はすぐに飛騨川です。

DSC_0691_20171204223819c9c.jpg
ワイドビューひだ36号+16号大阪・名古屋行併結編成が通過。
GWだけあって11両もつないだ長大編成でした。
駅舎の向こうには貨物側線が1本。現在も保線用に使ってるようです。

DSC_0692_2017120422382159e.jpg
走り去る同列車。
運転台付きキハが3両連続というのもなかなか目にしませんね。
キハ58系時代の急行丹後などではよく見ましたが。


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JR東海 | 22:59:25 | Trackback(0) | Comments(0)
松岡産業製の橋桁と機関車
飛騨小坂で待ち合わせに余裕があったためまた小坂森林鉄道の車庫もあった大島貯木場に寄り道。
P1030172.jpg
車庫は相変わらずでした。

P1030173.jpg
大島貯木場には木材が全く置かれていません。

P1030168.jpg
代わりにプレートガーダーが4連分置いてありました。
道路用の橋桁にしては幅が狭いけど林鉄で使ってた橋桁と言う感じでもないなあ・・・と銘板が見えたので何の気なしにレンズを覗いて見たら・・・。

P1030171.jpg
レールを松葉2本で囲んだ見覚えのある社紋と「松岡産業株式會社 昭和27年」の文字。
この社紋は森林鉄道でおなじみの岩崎レールとよく似た社紋なので間違え易いです。
名古屋の会社で新幹線やJR、名鉄で名古屋駅から豊橋方に進んだところで車窓から本社が見えるのでご存知の方も見えるかも。
現在は鉄道関連製品はつくっていないようでエンジン動力の非常用電源や河川の排水ポンプ製造が主要事業のようですね。



以下は那珂川清流鉄道さんの整備工場で許可を貰って撮影した松岡産業の機関車
DSC_1552_20171201213626286.jpg
松岡産業製の機関車。まだ整備中で近付くことはできずガソリンかディーゼルかはわかりません。
これと比べると加藤、酒井の産業機がスマートとさえ思えるほどの武骨さ。
旧関西電力の10t機を除けば国内にもうないと思っていた松岡機が突如目の前に現れ驚いたものです。

DSC_1562.jpg
以前は桑名に工場があり機関車もこちらでつくっていましたが森林鉄道納入機は御料林系では見たことが無く旧国有林系がメインです。
名古屋営林局でも御料林、国有林の林政統一時に大阪営林局から編入された荘川や金木戸辺りにいてそうな気もしますが写真が少ない~。
因みにこの機関車と同じ台枠がサイパン島の激戦地跡ラストコマンドポストに保存されてますが向こうは「マツオカ クワナ」とカナ書きになってます。

テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

森林鉄道(名古屋営林局) | 22:11:02 | Trackback(0) | Comments(0)

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まとめ