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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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都築紡績植大工場専用線(名鉄河和線植大駅)
知多半島中部の農村地帯植大(うえだい)に1918(明治41)年都築吉太郎氏により織布工場が設立されました。
この工場は後に都築紡績となり1949(昭和24)年1月には名鉄河和線植大駅に隣接して本社工場(植大工場)が建設され綿糸、綿布を製造しました。
専用線は工場建設より少し遅れて1952(昭和27)年11月21日に開通。
原料の原綿や製品の綿糸、綿布を輸送(製品は自動車輸送かも?)していたものと思われます。
国土地理院の空中写真を見ると専用線の傍にタンクが2基見えるので名電築港(→汐見町)辺りから燃料輸送(重油か)もあったかも知れません。
入換用のスイッチャーはおらず、側線まで電化され本線貨物を牽いてきた名鉄電機が入換を行っていたようです。
専用線の廃止時期は分かりませんが名古屋鉄道百年史によれば植大駅の貨物営業廃止は1968(昭和43)年度とあります。
専用線はその後も暫くは放置されていたようですが現在は撤去されています。

作業キロ:0.9km
作業方法:社機

DSC_0492.jpg
現在の植大駅。復線に相対式ホーム2面2線の何の変哲もない小駅。
東側(左方向)は一面の田園地帯でローカルムードが漂います。
6500系金山行普通列車が停車中。

DSC_0494.jpg
一方で西側には住宅街とショッピングセンターが拡がります。
このショッピングセンターこそが都築紡績本社と植大工場の跡。
都築紡績自体は会社更生法申請後、事業は都築紡績(新)に引き継がれ、現在は社名がKBツヅキと変わってます。
本社は名古屋、製造の拠点は出雲や今治など西に移っています。
専用線は本線沿いのフェンスを隔てた駐車場辺りに延びていた様子。
紡績工場の面影もなさそうに見えますが塔の上に球体が載る変わった看板に注目~。

DSC_0502.jpg
構内踏切を渡り西側に駅舎があります。
この部分も当時は貨物用の退避側線が通っていたと思われます。

DSC_0504_20160605223832d68.jpg
駅舎北側には駐輪場と工場らしい万年塀に囲まれた側線跡のスペースが残ります。

DSC_0517.jpg
かつての工場内側から見た様子。
この塀越しにデキや黒いワムが並んでいるのが見えたのでしょうか。

DSC_0514_20160605230135ee5.jpg
この先は駐車場の形状に専用線の線形が感じられる程度。

DSC_0508_201606052238334e7.jpg
独特のオーラを放つかつての紡織工場給水塔・・・現在はシネコンの看板。
できれば根元に紡織工場の説明板が欲しいです。
戦後出来た比較的新しいものとは言え阿久比町の立派な産業遺産に違いありません。

参考文献:
 名古屋鉄道百年史(名古屋鉄道)
 阿久比町誌 本文編(阿久比町)
 繊維工業要覧(紡織雑誌社)

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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

専用線跡 | 19:46:06 | Trackback(0) | Comments(0)