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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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城北線のこと~3~未成区間(小田井~清州)
城北線3回目ですがむしろここからが本編でしょうか(笑)

城北線が国鉄瀬戸線として計画されたときは稲沢から勝川へ向かうのが本線で、枇杷島からの現路線は支線とされていました。
その後国鉄貨物のシェア低下などで貨物主体の稲沢方面ではなく名古屋方面を向いた枇杷島ルートが本線となっています。
稲沢への線路は小田井~尾張星の宮の新川を渡る付近で上下線が大きく分かれる箇所が分岐する計画の名残と言うことはいくらか耳にしますがその他の区間に何か痕跡が残っているかと言う話はあまり聞いたことがありません。
近所のこととてあの辺は工場や倉庫が多く変遷もめまぐるしいので何もないはず・・・と思っていたのですがgoogleマップの航空写真を見ていたらアヤシゲな区割りが見えてきました。

途切れ途切れながらそのラインをつなぐとこんな具合になります。
地図よりは航空写真にした方が分かり易いかもしれません。
国土地理院の航空写真を見ると1971(昭和46)年辞典では線路建設予定地は存在せず1975(昭和50)年から現れています。
どうやら線路用地として買い上げた土地を売却した後もそのままの区割りが残っているようです。

DSC_0162_2015122122141275f.jpg
第1新川橋梁の稲沢→小田井合流部の橋脚が2本。

DSC_0171_20151221221414bbc.jpg
小田井方を見ても高架橋自体には分岐構造はありません。

DSC_0165.jpg
さっき乗ったキハ11-301が枇杷島から折り返してきました。
高架が大きく右へ張り出していますがここが小田井→稲沢方面の線路をアンダーパスさせようとしていた箇所です。

DSC_0174.jpg
現橋梁の橋脚も右側スペース開いており、小田井→稲沢の線路もここで分岐して3線構造の橋桁を載せるつもりだったのでしょうか。

つまり・・・
shinkawa1_20151221234335886.png
こんな配線にする気だったのかな?

DSC_0173_20151221224201ac6.jpg
第一新川橋梁の橋脚(未供用側)に埋め込まれた銘板には設計者:日本鉄道建設公団とあります。

DSC_0185_201512212244460e5.jpg
新川の枇杷島方で城北線の複線高架が上下左右に大きく分かれます。この真ん中の空間を稲沢への線路が通る予定でした。

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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

廃線跡(一般鉄道) | 22:47:10 | Trackback(0) | Comments(0)