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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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名鉄広見線御嵩口駅の貨物扱い遺構~その2~
名鉄広見線御嵩口駅の貨物遺構。今回はさらに時代が遡る遺構です。

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御嵩口駅に到着する御嵩行6000系の先、架線柱の根元に見えるのは・・・。

DSC_0686.jpg
東濃鉄道762mmゲージ時代の石積み貨物ホーム遺構。
当時の写真を見ると旅客ホームは現在と同じ位置にあったようです。
架線柱の位置からすると改軌後も貨物ホームとして使われていたのでしょうかね?

東濃鉄道(初代)の機関車は現在奇跡的に2台も保存されています。
大日本軌道鉄工部(後の雨宮製作所)1918(大正7)年製の1,2号機。多治見~広見開業時に用意された機関車で、1926(大正15)年9月25日に多治見~広見が国有化され太多線となると国鉄籍ケ90形91,92となりました。
太多線1067mm改軌でお払い箱となった後も実習用の教材となったりして生き延び、国鉄の軽便鉄道を表す「ケ」の符号を持つ現存唯一の機関車となりました。
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名古屋のリニア鉄道館で保存されている旧・東濃鉄道1号のケ90。
蒸気機関車の教材として内部の構造が見えるように切断開腹されています。

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浜松の遊歩道「堀留ポッポ道」(かつての浜松工場入出庫線跡)で保存されている旧・東濃鉄道2号のケ91。

折角現在まで長生きしているのだから里帰りさせてかつての貨物ホームに横付けしてやりたいところ。
今年の8月21日には広見~御嵩(御嵩口)開業より95年が経ちます。
5年後の御嵩口開業100周年記念になどいかが?

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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

専用線跡 | 19:05:00 | Trackback(0) | Comments(0)
名鉄広見線御嵩口駅の貨物扱い遺構~その1~
広見線の終点御嵩駅の一つ手前にある御嵩口駅。
両駅間は歩いてもさほどの距離ではなく5分ほどあれば行き着けるくらいでしょうか。
なぜこんなに近い距離に2駅もあるのかと言うと、1952(昭和27)年4月1日まではこちらが御嵩駅(初代)で、より市街地中心部に近い現・御嵩駅開業後も御嵩口駅として存続したためです。

●初代御嵩駅
1920(大正9)年8月21日に多治見から延びてきた東濃鉄道(現在の東濃鉄道とは別会社。当時そちらは駄知鉄道、笠原鉄道)の御嵩駅(初代)として開業、多治見~広見(後の可児)が国有化され太多線となった後は広見~御嵩が東美鉄道として分離。
さらに軌間を762mmから1067mm改軌、直流600V電化した後に犬山から延びてきてた名古屋鉄道と合併しています。

●御嵩(初代)→御嵩口駅の貨物扱い
当時の御嵩駅(初代)は貨物は発送が多かったようでパルプ材や亜炭の積み出しが見られました。
戦後石炭供給が安定し、石油燃料も入手しやすくなってくるとカロリーが低く、燃やすと臭いのきつい亜炭の需要は急減したようです。
1952(昭和27)年4月1日には現・御嵩駅まで路線が延び、それまでの御嵩駅は御嵩口駅となります。
新しい御嵩駅は行き止まり式の線路1本と貨車の入換は想定されなかったようで、御嵩延長後も貨物扱いは御嵩口駅で行われ続けました。

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岐阜県統計書(岐阜県総務部統計課)を元に作成した御嵩口駅の貨物発着量。
亜炭輸送がほぼなくなった頃と思われる1955(昭和30)年度以降の資料ですが貨物発着量は圧倒的に発送が多く到着はごく僅かなのが分かります。
1954(昭和29)年度までは広見線全体での統計しかなく駅別の発着量は不明。
1955(昭和30)年度は不思議なことに貨物発着が全くありません(記録がないのか実際に貨物がなかったのかは不明)。
その発送量も伊勢湾台風の1959(昭和34)年頃を境に急落、僅かに残った貨物も1963(昭和38)年度を最後に全くなくなっており、架線電圧600V時代の内に貨物扱いが廃止されたことがわかります。
なお広見線600V時代の貨物列車牽引用電気機関車はデキ1000デキ250がいましたが旅客電車が貨車を牽引する混合列車も多かったようです。

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かつては駅舎があった場所は駐輪場となり広々・・・というより素寒貧とした雰囲気。
それでも流石は大手私鉄名鉄で切符券売機は完備しています。

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旅客ホーム部分は単線分しか架線柱がありませんが向かいの旧貨物ホームとの間には本線を含め3線は線路を敷けそうな敷地があります。

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新可児方の踏切上より御嵩口駅構内を見た様子。
一部の架線柱(木製)は側線が左右に拡がっていた名残りをとどめます。
左に分岐していた線についてはまた次回に紹介する予定。

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2両の電車がやっと止まれるだけの長さしかない現旅客ホームに対し、幅広で長大な貨物ホーム。
現在は通路や畑になっています。
気になるのはホームが元の線路側に向かって傾斜していること。
放置されて傾いたのか、貨物を貨車に積み易いように傾けて設計したのかは不明。

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6000系ワンマン電車が到着。
本当に2両編成ギリギリの長さしかないホーム。
こうして見ると手前のホームが如何に広大かがわかりますね。

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専用線跡 | 23:26:24 | Trackback(0) | Comments(0)
多治見貨物1653レ到着後~その2~
多治見駅北側のコンテナヤード。
かつては多治見機関区があった場所ですがコンテナヤードと北口広場になって跡形もなし。
どこかこの近所に機関区の門柱が保存されているらしいのですが。

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コンテナの積み降ろしの関係で編成位置を移動させるため結構こまめに移動します。
15年ほど前までは入換に協三10t半キャブが2台入換に使われていましたが撮影してません(- -;)

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入換作業も面白いのですがこの手際の良いリフトの積み降ろし作業も面白いですね。

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手早いながらもコンテナを恭しく捧げ持つような仕種。

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1台で降ろしたり載せたり~。

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貨物と関係がないですが同じ多治見駅北口ということで。
旧多治見機関区の建屋等があったと思われる付近。駅北口広場を建設しているのですが、それ以前に何か遺跡の発掘を行っている様子。
煉瓦のようなものも見えましたが多治見機関区を発掘しているとも思えませんし、いつの時代のもの?大規模で直線的なラインが並んでいるので比較的新しい時代のものでしょうかね?

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JR貨物 | 20:15:01 | Trackback(0) | Comments(0)
多治見貨物1653レ到着後~その1~
中央本線で名古屋市内を出てから最初に特急が停車する多治見駅。
太多線が接続しておりm名古屋方面への通勤客も多い主要駅です。
この駅は東濃地方で唯一定期貨物列車の荷扱いがある駅でもあり2015(平成27)年現在EF64-1000が牽くコンテナ貨物列車が土日も含め1日1本発着しています。

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庄内川(土岐川)沿いの渓谷区間にある定光寺駅を通過する1653レ。
中央本線上を行くロクヨン牽引の貨物列車ということで人気ですが今回の話題は多治見駅到着後のことが主体です。

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多治見駅に到着するとすぐに入換を行いコンテナ扱いをする下り4番線へ貨車を押し込む作業が見られます。
多治見駅塩尻方にある交通量の多い岐阜街道踏切を塞ぐ入換作業のため地元では所謂「開かずの踏切」扱いされてます。
踏切遮断時に歩行者は迂回できるよう設けられた跨線橋の踊り場から~。

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多治見盆地を出るために虎渓山へと登って行く本線を横目に平坦な引上げ線へ突っ込みます。
とは言え引上げ線末端までは突っ込まず、最後尾が分岐器を越えたところで一旦停止。
開かずの踏切緩和という観点から見るといっそのこと引上げ線末端まで突っ込んで一旦遮断機を上げた方がいいのかも。

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入換作業の間に横の中央本線を行き交う列車の本数も多いですね。
なおこの左側は踏切に隣接して信号機のないT字路となっているためますます交通混乱を招いている気が・・・。

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貨車を側線に押し込んだ後で機関車を稲沢方へ付け替え。

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JR貨物 | 21:56:43 | Trackback(0) | Comments(0)
大阪営林局船津営林署笠谷森林軌道~その2~
前回に引き続き笠谷森林軌道です。

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林道脇に軌道時代からのものと見られる丸石の土留め擁壁がちらほら。

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現笠谷林道はすぐにヘアピンで高度を稼ぎにかかります。
その1つ目のカーブの奥を見ると・・・。

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石積みの路盤があり、その末端は橋台になっています。

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林道との高度差からすると林鉄はこの手前で2回ヘアピンカーブをしていたはず。
というわけで起点方向を振り返っても・・・跡形もないです。
以前は廃棄物処理場だったようで地形が残っていません。

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橋台より山側は斜面に木造の桟橋が連なっていたのでしょう。
橋脚は土の斜面から直接木材を建てていたようでコンクリートの橋脚跡などは見当たりません。
奥には路盤が続いているようですが、地形図で見るとすぐに崩壊地へ突入するようなので深入りしてません。

<笠谷森林軌道の機関車>
笠谷森林軌道に何台のガソリン機関車が導入されていたかは分かりませんが、1台は1930(昭和5)年藤原製作所製の4.5t機でした。
後に蒸機改造の地方私鉄向けディーゼル機関車製造で名を馳せる森製作所創業者の森貫一氏がこの機関車製作にも携わっていたようで、機関車表フルコンプリート版(沖田 祐作編)では1935(昭和10)年森製作所製、納入先は高山営林署笠ヶ岳事業所となっています。
笠谷は営林署では船津営林署(戦後神岡営林署に改称)所属で高山営林署に属していたことはありません。メーカーとしては飛騨の中心地にある高山署に納品して、その後船津署笠谷へ配属したということでしょうかね?
鋳物台枠で加藤製作所や酒井工作所の機関車と見掛けは大差ありません。
kasatani.png
藤原製作所製4.5t機牽引の笠谷森林軌道運材列車のイメージ。
現車の写真は見付けられなかったので同型の帝室林野木曽支局三殿22号機の写真(改訂新版 木曽谷の森林鉄道(西裕之・著/ネコ・パブリッシング))を元に描いています。フードカバーの形状は不明ですが林鉄はオーバーヒート防止のため外してる姿のが通常モード(?)なので良しとしてます。元写真ではフードカバーどころか運転席ドアも取っ払われていました(^ ^;)
塗装は分からないので取り敢えず旧・帝室林野機の茶色にしてあります。なお、キャブの窓下には製造銘版と思われる長方形の銘板が付いていました。
山トロは同じ船津営林署(林政統一後に名古屋営林局へ移管し神岡営林署に改称)の金木戸森林鉄道でも見られたロープやワイヤでブレーキてこ操作する方式としました。
笠谷と隣の下佐谷とも軌道は通常1編成で10~12台の山トロを牽いて1日2往復。国有林材だけでなく木炭や民間の一般貨物(民材、干し草など)もあったようですが笠谷は隣の下佐谷の軌道と比べ沿線に集落がないことから笠谷だけで民間貨物がどの程度あったかは不明です。

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藤原4.5t機正面からの姿。窓は両サイドが縦長で外側に開く方式、中央は引違式の2枚窓かな?
同時期の加藤の機関車でも見られた窓配置。
特徴はフード上部をR仕上げとするのではなく、Milwaukee社製の機関車のように尖らせてあるというくらいでしょうか。

同型の機関車は大阪営林局日原営林署(島根県)に1台、帝室林野局木曽支局に2台納品されています。
購入から廃車まで分かっている限りでは以下の通り。
 ・大阪営林局1931.3購入    日原署(鈴の大谷林鉄?)→山崎署音水林鉄No.25→1950年頃廃車
 ・帝室林野木曽支局1930購入 ?出張所No.22→長野営林局?署No.22→No.18に改番→長野署(御巣鷹林鉄?)1957.7廃車
 ・帝室林野木曽支局1930購入 ?出張所No.23→長野営林局?署No.23→三殿署(与川・蘭林鉄)1949廃車
エンジンの型式は大阪局機は不明ながら木曽は2台ともアメリカのBUDA製KTUという4気筒のガソリンエンジンを搭載していました。当時のガソリンカー、機関車でやポピュラーなエンジンで、笠谷のも同エンジンを搭載してたのではないかと思います。

参考文献:
船津営林署概況書 昭和九年、昭和一二年(船津営林署)
大阪営林局統計書 各年度(大阪営林局)
飛騨の山々(岡本胡伊治・著/飛騨観光連盟)
機関車表 フル・コンプリート版(沖田 祐作・著/ネコ・パブリッシング)
林鉄の軌跡(伊藤 誠一・著/ないねん出版)
改訂新版 木曽谷の森林鉄道(西裕之・著/ネコ・パブリッシング)
森製作所の機関車たち(名取紀之/ネコ・パブリッシング)

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森林鉄道(大阪営林局) | 23:31:00 | Trackback(0) | Comments(0)
大阪営林局船津営林署笠谷森林軌道~その1~
岐阜県飛騨市神岡町から平湯温泉、穂高方面の地域は1947(昭和22)年の林政統一前は大阪営林局船津営林署の管轄、林政統一後は名古屋営林局に移管されて営林署名も神岡営林署に変わりました。
神岡署と言うと金木戸森林鉄道が大規模で有名(?)ですが他にも林鉄が存在してました。
笠谷森林軌道もそんな路線の一つ。スペックは以下の通りです。

<笠谷森林軌道>
区間   :笠谷斫伐作業所(字ヒヤケ谷外一国有林内)~笠谷貯木場 9,588m
新設年度:1930(昭和5)年度
撤去年度:不明(戦時中に撤去と思われる。金木戸林鉄延長の資材確保のためレールや車輌を転用したか?)
新設経費:82,717円34銭

4.5tガソリン機関車が10~12台の山トロを牽いて2往復、孕車(木材を載せた山トロ)も乗下げではなく機関車が牽引していたということです。
ルートは笠谷の右岸を通っていたことがわかってますが現在の笠谷林道とはルートが違うようです。
軌道の旧道に対して現・笠谷林道を笠谷新道とも言うそうで・・・。
ちょこっとだけ辿って想定されたルートを地図に描き入れて見ました。
笠谷森林軌道起点付近

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笠谷貯木場跡。
神岡から奥飛騨温泉郷方面へ延びる国道471号が笠谷を渡っているだけで全く人気がない山中です。
奥(神岡方面)に見える橋(ガードレールがあるだけに見えますが)は現在の笠谷橋。

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貯木場内にある濃飛バスの笠谷バス停。林道を利用する笠ヶ岳登山者向けのバス停でしょうか?
笠谷貯木場の面積は1.25haあったと言うのですが実際にはもっと狭い感じが・・・草木が伸びて狭く感じるのかも知れませんが?

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現国道橋から笠谷上流方向を見た様子。国道旧橋の橋台はあるものの林鉄の橋梁跡は見当たらず。

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笠谷林道の石碑。戦後新しく敷いた道路林道開通時の記念に建立したようです。

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林道に入ってすぐの辺りは軌道跡を利用しているはず。

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森林鉄道(大阪営林局) | 23:29:13 | Trackback(0) | Comments(0)
近江鉄道モハ220形引退イベント
近江鉄道モハ220形が5月31日で旅客運転から引退ということで近江鉄道の全路線を運転するというイベントがありました。
機関車が本線に出なくなり、日中の運転本数が減って最近出かけてなかった近江鉄道・・・リンク先の社長さんから情報をもらって出かけてきました。
近江鉄道最後の釣り掛け電車で大学時代は毎日見ていた馴染みの電車で。
自家製の小型車体と手持ち部品を組み合わせたものですがまとまったデザインの近江鉄道彦根工場の力作です。
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まずは朝日野~日野で撮影。
田植えをしたばかりの田圃と黄金色に実った麦畑がありどっちにするか迷った末、田圃の方に。
お目当てのモハ226が朝日野駅から釣り掛けモーターの音を盛大に轟かせてダッシュして来ました。
線形が良い近江本線(最近は愛称で「水口・蒲生野線」と言うそうな。何だか道路名っぽい気が・・・^ ^;)ならではの光景ですが、この日は晴れても強風が吹き荒れて折角のMT15の爆音も半分かき消されてしまいました。

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彦根へ移動する電車待ちの時間を利用して朝日野駅の北側(米原方)でも貴生川行800系806F編成(モハ806+モハ1806)を撮影。
以前はステンレス無塗装だったドアも黄色に塗られ、行先表示もLED化されたので見慣れた姿とは少し印象が変わったような。

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彦根で少し休憩してからよく行っていた撮影地へ。
背景全てが佐和山の木々となるので車両の色が引き立ちます。
まずは900系モハ901+モハ1901。登場してからここで撮影するのは初めての車両。
元西武101系ですがスタイルは塗装以外西武そのままの印象。
近江鉄道と言えば前面だけでもオリジナルスタイルへと改造するように改造熱心なイメージでしたが、車体の見てくれに関してはこの900系以降大きな改造をしなくなった様子。

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今度はさっき朝日野で撮った806Fが戻って来て佐和山トンネルへの坂を登って行くところを後打ち。
モハ226がやってくる時間が近づいてきたので周りにだんだん撮影者が増えてきました。

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だいぶ周りに撮影者が増えてきてようやくモハ226が現れました。
スノープラウ付なので前面アップ気味に。

旅客営業は終了したモハ220形ですが、保線用の貨車牽引に使われる機関車代用のモハ221や今回走った除雪電車モハ226は非営業用車としてしばらくは使われるのでしょうかね?

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関西私鉄 | 17:54:49 | Trackback(0) | Comments(0)

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まとめ