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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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噴火した御嶽山の麓では
9月27日(土)に御嶽山が噴火、登山中いきなりの噴火に見舞われた方々が早く救助されることを祈っています。
私は御嶽山に登りこそしないもののその周りを林鉄巡りのためちょろちょろしています。
空気が澄んでいる時期には自宅付近からも遠くに雪を被った御嶽山が見え、林鉄巡りでは間近から仰ぎ見る馴染み深い山であるだけにこの噴火には大きな衝撃を受けました。

9月28日(日)に赤沢自然休養林で木曽森林鉄道ボールドウィン号生誕100周年記念イベントが予定されており、前々から楽しみにしていました。これは中止か・・・と思っていたところちゃんと実施されました。
当日はイベントの有無に関わらず慣れ親しんだ木曽がどうなっているのかが気になり意を決して国道19号を北上・・・して行ったものの沿道は平穏そのもの。
深い木曽谷から御嶽山が見えるところは実際にはそう多くなく御嶽山噴火の気配は微塵も感じられません。
イベント会場の一つ上松駅前までやってくるとイベント開催のための交通規制をやってる・・・ということで赤沢へ直行。

201409281238000.jpg
100歳記念の装飾をしたボールドウィンが煙を吐いて佇んでました。
御嶽山上はとんでもないことになっていますが上松、王滝、三岳の人が住む町や集落には直接的な被害はないとのこと。
休養林の職員さんと話していると「風評被害で人が来てくれなくなることの方が心配だ」と仰っていました。

201409281126000.jpg
そしてこちらとしては最大の目的、岩崎レール工業製モーターカーNo.65が走ります。

201409281208000.jpg
モーターカーには王滝でよく乗せてもらってるのでひたすら撮影・・・といってもカメラ不調のため携帯で撮影。
紅葉し始めた森の軌道を軽快に走り回ります。

201409281157000.jpg
走行距離は500m程で森林鉄道記念館から丸山渡停車場まで中間あたりまで走って展開装置で方転、また森林鉄道記念館前へ戻って行きます。
帰りは下りなので滑る様に静かに走って行きました。

201409281409000.jpg
気掛かりだった王滝松原運動公園へも行って見ることに・・・
御嶽山を眺める高台にあるためモクモク煙を吐いているのがよく見えます。
新聞やニュースで「火山灰で空が覆われ~」などと載ってますが現地は空気が澄んで遠くまではっきり見えます。
あまり煽って風評被害を出したりしないでもらいたいところ。
噴火は「自然災害」ですが風評被害は「人災」ですので・・・。
広いグランドの片隅では消防・自衛隊がテントを張って御嶽山前線への足掛かりとしているようです。
こちらは臨時で行われていた線路工事にお邪魔。

201409281413000.jpg
一度自衛隊大型ヘリも離発着。
その手前を線路工事用のビーターや犬釘を乗っけた木製大型トロがゴロゴロと進みます。
御嶽山以外はいつも通りの平穏な風景が広がる王滝村ですが、直下の王滝川は火山灰の色に染まっていました。
火山灰は牧尾ダムの底に沈むらしくダム湖は青々としています。



気掛かりなのは木曽町開田・・・旧・開田村のこと。火山灰が畑に積もり野菜に影響が出始めているようです。
今年は夏場の日照が少なくてただでさえ不作だというところにこの火山灰です。
高原野菜やヨーグルト、ソフトクリーム、蕎麦などおいしいもので一杯の開田村、風評被害など出ないことを願います。

そして灰白色に染まっていた王滝川・・・滝越のライブカメラに写っていた火砕流。
これらから思い起こされるのは1979(昭和54)年の噴火から4年後の1983(昭和58)年9月14日に起きた長野県西部地震による大土石流のこと。
この災害は29人の尊い人命を奪い、滝越集落を孤立させ伝上川、王滝川の渓谷風景を森林鉄道が走っていた頃と一変させてしまいました。
今回の噴火でも伝上川上流に脆い火山灰や土砂が大量に溜まったのでしょうか・・・とすると噴火後の世間が忘れた頃に大雨や地震で巨大な二次災害が発生し兼ねないのです。
噴火そのものだけでなく土砂災害にも警戒を怠ることはできません。

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森林鉄道(長野営林局) | 23:38:12 | Trackback(0) | Comments(0)
北村駅農業倉庫側線(福井鉄道南越線北村駅)
夏休み期間中に武生駅近くの越前市武生公会堂記念館で「福井鉄道南越線開業100年」展があり、展示見学中に見付けた側線です。

福井鉄道南越線は1981(昭和56)年3月31日に社武生~粟田部が廃止され全線が消えました。
最後まで五分市駅の専用線で化成品貨物等の取り扱いがあり、福井鉄道最後の定期貨物列車が運行していたことは知られています。
その五分市駅の一つ手前にあった北村駅にも農業倉庫への引込線が存在していました。
専用線ではなく福鉄の構内側線扱いだったようです。

DSC_1535.jpg
南越線の廃線跡を社武生側から辿って北陸自動車道をくぐると北村駅がありました。
砂利道が南越線で、画像の右寄りに見える住宅付近に北村駅の駅舎や上下線旅客ホームがあったようです。
左が問題の農業倉庫。

DSC_1535_1.jpg
線路を赤線で書き込んでみるとこんな感じだったようです。
側線は福井鉄道成立前の南越鉄道時代には既にあり、1934(昭和9)年に北村駅が停留場から停車場に昇格し交換設備を増設した際の図面に描かれていました

DSC_1542.jpg
福井県道2号線に対し斜めに裁つ農業倉庫が側線の名残。

DSC_1542_1.jpg
こちらにも線路を書き加え~

DSC_1546_20140921220820620.jpg
北村駅の駅舎跡から見るとこんな感じ。

DSC_1548_20140921220816f5c.jpg
この農業倉庫も1934(昭和9)年からのものなのでしょうね。
後に農協が新しい倉庫を近くに建てており主力は新倉庫へ移っている様子。
軒下に縮こまるように立っている歩行者用信号機がチャームポイント。

DSC_1537.jpg
80年の歴史を刻んだこの農業倉庫にも時代の流れが押し寄せており、すぐ傍にこんなものが・・・。
新幹線工事により既に富山の国鉄・富山地鉄連絡線や西金沢構内の北鉄電機が国鉄駅構内へ乗り入れて入換を行っていた側線、倉庫の遺構が過去帳入りしてしまっており、こちらも同様に風景が一変するかも知れません。

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専用線跡 | 19:03:44 | Trackback(0) | Comments(0)
名古屋営林局中津川営林署(?)専用線(明知線岩村駅)
明知鉄道中間の主要駅で現在も友人駅です。
現在線内で唯一の交換駅で、腕木式信号機が最近まで残っていた(信号機としては使ってないが構内で保存されており操作も可能)ことでも知られています。
構内には名古屋営林局の専用線(岩村は中津川営林署の管内なので恐らく同署の専用線と思われる)もありました。

作業キロ:0.2km
作業方法:手押

DSC_1521.jpg
恵那行き乗り場の2番線から駅舎方向を見た様子。
モーターカーがいるのは一般貨物用の側線のようで、今は明知鉄道工務区となっています。

DSC_1517.jpg
営林署専用線は2番ホームの裏手。
トラックの止まっている場所に専用側線があったようで貨物ホームも残ってます。
ホーム上は公園になってますが小規模ながら貯木場だったのでしょう。
なおこの辺には1906(明治39)~1935(昭和10)年の間、岐阜県初の電鉄線岩村電気軌道の岩村駅もありました。
こちらは明知線開業で貨物・旅客とも奪われ廃止になりました。

DSC_1519.jpg
工務区のモーターカーTMC200。「049」という番号はJR時代のものでしょうか?
銘板は反対側に付いているのか製造年などは不明~。

DSC_1508.jpg
岩村駅舎横の貨物側線、ホームもなかなかの雰囲気です。

DSC_1500.jpg
工務区入口から。倉庫の前にも側線が入っていたような感じに見えます。
何やら由緒ありげなコンテナも・・・

DSC_1499.jpg
国鉄コンテナ「戸口から戸口へ」の文字も残る貴重品です。
三セク線なのですが国鉄の残り香がJR線よりも濃厚ですね。(いい意味で・・・)

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専用線跡 | 00:01:33 | Trackback(0) | Comments(0)
明知耐火煉瓦(現・明智セラミックス)専用線(明知線明知駅)
岐阜県東濃地方は美濃焼で知られますが、明知鉄道の終点明智も窯業が盛んでした。
国鉄明知線でも耐火煉瓦などの製品輸送が行われており、旅客列車の気動車化後も貨物列車は蒸気機関車C12が牽引していました。
なお明知線は国鉄末期の1985(昭和60)年11月16日に第三セクターの明知鉄道に転換しており、貨物側線や専用線は現在車庫設備になっています。

作業キロ:0.1km(国鉄側線)
作業方法:国鉄機、手押

DSC_1446.jpg
恵那方から見た明知駅構内。手前の側線には駐泊庫、給水塔があったとのこと。

DSC_1455.jpg
貨物列車の牽引機だったC12 244が保存されています。
以前は明智小学校で生態保存されていましたが動態保存を目指しているということで下回りには油が差されています。

DSC_1475.jpg
明知線は33.3‰の上り下りが連続する過酷な路線。
気動車化は早かったようで昭和20年代末には多治見機関区所属のキハ07が入っていたようです。
貨物列車は中央西線中津川~塩尻電化後の1973(昭和48)年まで中津川機関区のC12が牽引、その後は美濃太田機関区のDD16牽引に切り替わりましたが1981(昭和56)年2月1日に廃止されています。

DSC_1476_201409152203101b1.jpg
右端の側線が専用線だったようですね。

DSC_1464.jpg
車庫裏にはかつての貨物倉庫(左)が残っています。
工場は駅から離れておりトラックでこの倉庫まで輸送して積替えていたものと見られます。

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専用線跡 | 22:30:23 | Trackback(0) | Comments(0)
3泊4日東北旅行 無事帰着
富山で高山本線乗り継ぎの待ち時間があるので白エビ丼を食べた後は例のごとく富山地方鉄道市内線の撮影に。

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市内線は20年ほど前に見ていた頃と比べて車両が多彩になり面白い路線になりました。
何より路線が廃止傾向から延長傾向になったことで前途の明るいのが良いです。
富山駅の工事完成の暁にはポートラムとつながる新ターミナルも開業、どんな運転系統になるのか楽しみ♪

DSC_1448.jpg
1両しかいないデ7000形旧塗色車のデ7018。何故か撮影し始めるといつも現れてくれるので有り難い車です。

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富山駅高架下に乗り入れるようになるとこの線路は左から右へまっすぐ延びることになると思われますが、そうなると現在の富山駅前電停から大学前に向かうこのカーブは見納めになるのかな?

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同じく大学前から来る電車を真正面から押さえることができるこのポイントも線路の上になってしまうので撮影不可能になるかと。

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地鉄市内線撮影の後で乗った高山本線猪谷行きは2両編成が乗客で一杯の状態。
猪谷で乗換の美濃太田行きもすぐに席が埋まりました。

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猪谷駅構内富山方。旧三井金属の神岡鉄道(旧)が乗り入れていた方向を撮影。
そこらへんで使われている支柱にちらほらとナローレールらしきものが混じってます。

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さて猪谷を発車すると富山方の神通川と違い宮川(神通川の上流)が荒れまくってます。
高山線の線路が宮川の水面に最も近付くところを車内から撮影したのですが、何だか船上から撮影したかのような写真に・・・(・ ・;)

IMG_0606.jpg
交換の下り列車遅れのため飛騨古川、高山、飛騨小坂と進むごとに列車は15分、30分とどんどん遅れていきます。
とは言え下呂から乗って来られた方と意気投合して話していたらさほど遅れも気にならず~(笑)

美濃太田で下車時にふと車号銘板を見るとこんなものが・・・。
高山本線が不通になって打保駅で2年以上閉じ込められた経験がある車両だったのですね。
最後の最後まで意外な発見、楽しいことが起きる旅に大満足でした。

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富山の鉄道 | 23:13:14 | Trackback(0) | Comments(0)
もう地元?

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最終日4日目は長岡駅から。
上越新幹線が在来線上にのしかかっており小山駅など北関東の延長のような雰囲気~。
115系と並んで「越乃Shu*Kura」というキハ48改造イベント列車が入線してました。
Shu*Kuraって何ぞ??と思っていたら「酒」と「倉」だそうな。
側面は前日に乗った「みのり」と同じような窓拡大。
前面はそのままのようですが前照灯がケーシングはそのままにLED化されてました。

DSC_1436.jpg
土砂降りの犀潟駅、駅からちょっと歩いて「北越」と「はくたか」を撮ろうかと思いましたが駅で動画だけ撮影。
ところで海側の側線がすごくアヤシゲな雰囲気・・・。実際には駅の山側に専用線があったようです。
以前は黒井や直江津が専用線や臨港線でアヤシゲなムードだったのですがね。

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直江津からは北陸本線で久し振りの国鉄交直急行色475系に乗車。
泊で後続の「はくたか」に抜かれるため跨線橋を渡って手早く撮影~。
金沢に住んでいた小学生の頃は3両×3編成で国鉄交直急行色、旧北陸色、新北陸色の混色編成なんかが走っていた覚えがあります。

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終点富山到着直前では富山機関区の向こうの高架上に試運転中と思われる北陸新幹線W7系の姿も見え、まだまだ面白いものが見られます。
とは言え北陸育ちの人間にはここまで来るともう帰って来たような感じが(笑)

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工事が最終段階に入っている富山駅前にはこんな安全柵がありました。
安全柵は動物シリーズが多いと思っていましたがこんなのもあるんですね。

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富山の鉄道 | 00:34:58 | Trackback(0) | Comments(0)
ひたすら気動車を乗り継いで
大森山林道の廃線跡を覗きに行った後は18切符利用で長岡まで行くだけ~。
しかも最後の一部区間を除きほとのど気動車のみでの移動です。

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ローカル線の御多分に漏れず本数の少ない陸羽東線ですが上手い具合に「リゾートみのり」運転日に当たってました。
赤倉温泉~新庄とごく短い区間ですが豪華に改造されたキハ48に乗車。
見かけはこんなですが走り具合はやはり乗り慣れたキハ40系です♪

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新庄機関区の煉瓦機関庫。前後に延長された木造部分もいい味を出しています。
仙台への折り返しの間「みのり」もこの中に納まってましたが都合により撮影できてません(+ +)

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新庄と言うのも妙な駅で、列車本数が少ない割には賑やかな感じがします。
夏休みで増発されていた山形新幹線E3系。よく見ると微妙に灯具の形状が違うんですね。
新幹線やJRの幹線形は形式を知ってはいても細部まではあまり知らないもので(^ ^;)

雨が酷くなってきて陸羽西線はただ乗っただけ(爆)
余目で乗り換えですがかなり時間があるので一駅先の北余目まで行って「いなほ」を撮ることにしました。

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「稲穂」と「いなほ」の組み合わせを撮るのに良さそうな駅です。

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田んぼの中にホームだけのごく簡素な駅。
幹線にあるこんな小駅も好きですね。北陸線の坂田や河毛など馴染みがあるせいか・・・。

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特急「いなほ10号」新潟行き。
E653系になってからは始めて見ました。
沿線風景がいいので常磐線にいた頃より撮りがいを感じます。
(常磐線沿いは沿線の私鉄が魅力的過ぎて常磐線は影が薄かったかな?(^ ^;)
しかしこの色・・・どことなく台湾を走ってそうなカラーリングでもありますね。

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引き続き「いなほ5号」秋田行き。また雨が降ってきたので・・・

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キハ47新津行きで撤収。
北余目から羽越本線を延々157.4km・・・ず~っと架線下を走る気動車鈍行も乙なものでした。

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撮影行 | 00:31:03 | Trackback(0) | Comments(0)
秋田営林局向町営林署大森山林道(森林鉄道2級)~2~
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小国川に架かる細いながら長大なガーダー橋が残っています。
ちょっと前までは生活道路として使っていたようですが現在は通してもらえないようで・・・。
木製の踏み板を支えるための枕木があるため現在も線路が敷かれているかのような錯覚に陥ります。

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実に立派な鉄橋なので長大な運材列車が渡っていたように思ってしまいますが向町営林署の森林鉄道在籍車両は非常に小世帯(後述)でこれだけ大仰な築堤や鉄橋があるのが不思議なくらい。

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ちょっと離れて上流側から見た様子。

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今度は下流側へ回って。
こんな風景の中をを列車が渡っていく姿を見てみたいものですね。

mukaimachi2.png
さて向町営林署の林鉄2級線(1級線は無し)、在籍車両一覧(1954年度以降のみ)をつくって見ました。
機関車は多くてガソリン機関車が2台だけ。1958年度以降は1台しかありません。
他に民間所有の車両なんかもあったのでしょうかね?
ディーゼル化は遅くて1964(昭和39)年とほとんど末期です。
恐らく林鉄全体が縮小されていく中で他路線からあぶれてきたディーゼル機関車を入れたのでしょう。
さらに不思議なのは1960(昭和35)年度貨車が「運材用」でなく「その他」となっていること。
何に使っていたんだか??

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森林鉄道(青森、秋田営林局) | 23:02:04 | Trackback(0) | Comments(0)
秋田営林局向町営林署大森山林道(森林鉄道2級)~1~
東北旅行3日目には山形県の宮城県境近く大森山にあった森林鉄道の遺構を見に行きました。
大森山林道という名前ですがれっきとした森林鉄道2級線です。

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起点は陸羽東線赤倉温泉駅(以前は羽前赤倉という駅名)横の貯木場でした。
赤倉温泉駅は現在無人で1面1線のみ。
とは言えこのホームは元々島式ホームだったようで駅舎側(左)にも交換設備や側線の跡らしい広がりがあります。

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赤倉温泉駅の駅舎。貯木場は新庄側(左)にあったようです。

IMG_0577.jpg
林鉄は新庄方向に向かってすぐに方向を変え駅前の国道47号線を渡ります。
とはいっても名残は何もありませんが・・・。

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その先は集落内の道路になってます。当時の航空写真などから見ても道路の片隅に軌道があったようで。

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舗装された道路は小国川の河岸段丘上にある集落から河原の田畑へと降りて行きますが軌道跡は・・・

以下次回~♪



向町営林署管内の森林鉄道
1919(大正8)年に富沢貯木場(陸羽東線赤倉温泉駅に隣接と思われる)~向町事業区70林班13,911mが開業したという歴史のある林鉄です。
当初は新庄営林署の管轄でしたが後に向町営林署が分署されています。
1939(昭和14)年には大森山林道本線の72林班で分岐する中ノ俣支線が開業しており、こちらは徐々に延長され5,630mに達しています。
1952(昭和27)年には矢粕沢支線が開業し、直営生産事業の現場が矢粕沢に移ったようです。
そのためか中ノ俣支線は1955(昭和30)年度で完全に撤去され、大森山林道も末端部分が撤去されていったと見られます。
mukaimachi.png
なおこれら大森山林道系統の他にもう1本、大堀駅付近からも大又山へ林鉄が延びていたようです。
最上町のWEBサイトでは「1929(昭和4)年 大又山(官行現場)~ 志茂間に14キロ余の軌道敷設。」とあります。
志茂は陸羽東線大堀駅付近の地名ですが大堀駅は当時開業しておらず国鉄に積み変えはしていなかった様子。
秋田営林局統計書では1949(昭和24)~1954(昭和29)年度に4,300m、1955(昭和30)年度3,000mの路線があったことを確認しており、戦後も10年間は山元部分の軌道が残っていたようです。

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森林鉄道(青森、秋田営林局) | 22:36:52 | Trackback(0) | Comments(0)
仁別の後で~旧秋田機関区デルタ線と秋田臨海鉄道~
仁別を満喫して林鉄の跡を下って秋田駅東口へ戻って来ました。
この日は秋田泊だったのでまだ時間に余裕があります。
今は整備されてしまっていますがかつてはここに秋田機関区がありました。
IMG_0525.jpg
仁別森林博物館でお世話になった係の方が何と国鉄OBで秋田機関区には車両の方向転換のため転車台のほかにデルタ線があったと教えて頂きました。
戦時中に転車台が空襲で破壊された時のためにつくったとのことでした。
航空写真で見る限りデルタ線は1960年代後半・・・仁別森林鉄道や秋田市電が無くなった頃までは使っていたようです。

DSC_1398.jpg
男鹿線でも往復しようかと思ったのですがおがで花火大会があるらしくて混雑してたので秋田中央交通バスで適当に市街を見ようと乗って行ったら土崎まで行ってしまいました。
向こうに踏切が見えたので行ってみると秋田臨海鉄道の車庫前に・・・完全に無計画でした(^ ^;)
しかもDD56 1の横に懐かしい機関車が止まっています。

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以前は四日市の塩浜貨物駅構内の北端(近鉄海山道駅前)の専用線でよく見たDB252です。
専用線廃止後秋田の製紙工場構内で入換をやってると聞いてはいましたが検査なのか外に出ているようです。
林鉄で思いっきり楽しんだ後にまだこんなお楽しみがあるとは(^ ^)

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秋田港駅構内は当然ながらコンテナ車ばかりですがこんな貨物ホームもあります。
かつては上に倉庫も乗っていたのでしょうが今ではホームも荷役には使っていない様子

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スイッチャー | 00:06:45 | Trackback(0) | Comments(0)
仁別森林博物館の保存車~3~
鉄製運材貨車の次は木製運材貨車。

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こちらはお馴染(?)のL字形をした手回しハンドルでブレーキを掛けるタイプ。
ブレーキ制輪子は両輪とも向かって右側にあります。
連結器も普通の朝顔カプラーです。

IMG_0516_20140902215437035.jpg
もう一台はブレーキ装置が一切付いてないタイプ。

今回も仁別森林博物館のスタッフの方々には大変お世話になりました。
米代川の流送をカラーで映した映像など貴重なものも見られて大満足でした。
流送の映像には林鉄もよく登場しており、林鉄の桟橋から米代川に木材を落とすところなど迫力のあるものが見られます。
仁別は2度目ですが既にハマっており毎年通いそうです(^ ^)

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森林鉄道(青森、秋田営林局) | 22:05:54 | Trackback(0) | Comments(0)
仁別森林博物館の保存車~2~林鉄の自動ブレーキ
鉄製運材貨車~。
あまり運材貨車まで注目する人は少ないようですが、これがないと森林鉄道ではありません。

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ブレーキ時に車輪を押さえ付ける制輪子は両輪とも内側に付いています。

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そしてサイドブレーキは足踏み式・・・1両に1個所ペダルが付いてます。

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そして最大の特徴は自動ブレーキ(と言っても旧型電車や機関車の自動空気ブレーキのことではありません)。
機関車牽引の列車で機関車だけブレーキをかけると後ろの車両が機関車を突き上げる現象を「ドン突き」といいますが、その力を利用してブレーキをかけます。
バッファーの上にあるフックは連結環を引っかけるところ。

IMG_0507.jpg
バッファーの後ろはこんな機構になっています。

IMG_0507-1.jpg
ブレーキ時の各部の動作はこうなります。
バッファーの後端が①力点を押し、③作用点と④力点をつなぐロッドで車軸の下を介してブレーキ力が制輪子につながっています。

自動ブレーキの特徴を書き出して見ると・・・
♠長所
 ①各車にブレーキ手が乗務する必要がないのでコスト軽減、安全性アップ
 ②エアーブレーキよりは安価で簡単な改造で設置できる
   木曽森林でエアーブレーキ改造が進んでたのはかなり特別なことだったようで(^ ^;)
♦短所
 ①入換時に推進運転ができない
   推進運転ができるように切り替え装置付きの貨車もあったようですが手間ですね(- -)
 ②編成の後ろほど前後に揺さぶられて発車・停車がぎくしゃくする
   木曽で自動ブレーキが本格採用されなかったのはこれが最大の理由なようです

自動ブレーキは各営林署でそれぞれ工夫して使っており、山田式・七座(ななくら)式・本庁式など色々な方式が存在していたようです。

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森林鉄道(青森、秋田営林局) | 22:41:10 | Trackback(0) | Comments(0)
仁別森林博物館の保存車~1~
表の留辺蘂林鉄ボールドウィンと屋内の仁鮒林鉄酒井8tについては去年行った時に書いており、他でもよく紹介されてるので今回は裏の保存車群です。

DSC_1394.jpg
1949(昭和24)年協三工業製軌道集材車。型式はLWD-55とありましたがメーカー型式のことかな?
自重3tでディーゼルエンジンを集材機としてだけでなく3台程度なら運材貨車を牽いて機関車としても使えたとか。
合川→小阿仁営林署で使っていたということなので使用路線は小阿仁森林鉄道でしょうか。
協三製と言う割にはキャブ上の庇など酒井っぽい雰囲気があります。

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反対側には「秋田営林局18-150」の銘板が付いてます。こちらは営林局内での機械番号でしょう。

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後ろには鉄製運材車に乗った集材機があります。
集材機は特殊軽量機関車などをつくっていた岩手富士産業製。
運材貨車はモノコックタイプですがメーカーや製造年は不明
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その後ろにも木製運材貨車に乗った集材機があります。
こちらはメーカー不詳。

IMG_0518.jpg
そしてホッパ車。
保線工事などで使用するものでしょう。
小さいながら側開き式の石炭車のような形状です。
いつも木曽で見る岩崎レール工業製ダンプ貨車とはずいぶん違います。


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森林鉄道(青森、秋田営林局) | 21:39:26 | Trackback(0) | Comments(0)

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まとめ