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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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鉄軌直通線巡り~1~京阪石山坂本線
毎年恒例になってる石坂線こと京阪電気鉄道石山坂本線へお出かけ何でいつも暑い時に行ってしまうんでしょうね(^ ^;)

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まずは今まであまり撮影してなかった浜大津以南です。
膳所神社の社叢と緑の電車の組み合わせ。
膳所本町~中ノ庄

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とは言えやはり暑いので日陰から撮影できる場所を知っている浜大津以北へ。
大津市役所前の並木の陰で涼みながら撮影。
「鉄道むすめ×京阪」の620+619。
皇子山~三井寺

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まだまともに撮れいていなかった京阪特急色編成の604+603は併用軌道で撮影。
比叡山の翠巒をバックに大津の町並みもよく写るお気に入りの場所です。
前にアクアが被っていますが併用軌道は車や自転車、歩行者が一緒に写っている写真の方が個人的に好みなのでOK。
公開するとなるとナンバーが個人情報だの人の顔が判別できるだのと最近は特に厄介なのであまり載せませんが・・・。(不本意ながらナンバー部分は改変してます)
人の顔にモザイク加工をしてるのも見かけますが、自分の場合は却ってそんな加工をされる方が顔に落書きをされたようで嫌ですね。当然悪意がある落書きではなくプライバシー保護のためなんでしょうが(- -)
三井寺~浜大津

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600形初期車は連結部寄りに改造種車の面影が強いので、京阪特急色だと古い時代の260形の雰囲気が漂います。
とは言え私も260形を見たのは最末期の緑濃淡の頃だけで、特急色の時代は知りません。

DSC_1240.jpg
石坂線の電車は他と比べれば小さいものですがこの併用軌道区間では実に巨大に見えます。

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撮影行 | 00:11:05 | Trackback(0) | Comments(0)
内部駅の砂利線(三重鉄道鈴鹿支線内部駅→三重交通内部線→近鉄内部線)
762mmゲージで有名な近鉄内部線終点から内部側へ続く未成線と砂利線の跡。
内部線の前身、三重鉄道鈴鹿支線が1922(大正11)年6月21日に内部まで延びて来ましたが内部から先の伊船(東名阪道鈴鹿IC付近)までは開業させることができず免許失効となっていました。
内部川までの線路は砂利取り線として使っていたと言いますがいつ頃まで使っていたのか分かりません。
国土地理院のサイトで公開されている航空写真では1946(昭和21)年時点でも砂利線としてさえ使っていなかったようです。
なお三重交通三重線(現在の近鉄内部、八王子、湯の山線)は1956(昭和31)年4月で貨物営業を廃止しています。

DSC_1078.jpg
電車が停車中の内部駅から手前に見える国道1号バイパスまでの区間は留置線として現役。
なお内部線は1943(昭和18)年12月に直流600V(現在は昇圧されて750V)電化されてますが、砂利線は既に廃止されていたとすれば終始非電化だったと見られます。

DSC_1079.jpg
1枚目の画像の場所から反対方向を見るともう内部川の終点までが見渡せてしまいます。
歩道橋から続く細長い草地と民家が廃線跡。

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歩道橋下に残る複線分の橋台。
右の高い方が鈴鹿川の堤防へアプローチするための鈴鹿支線で右の低い方が砂利線とも聞いたのですが実際のところは分かりません。

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橋台を別の角度から。水路を見るとかザリガニが大量発生してました。
橋台を覗くと一斉に逃げだしたので水面が泥だらけに(^ ^;)

DSC_1092.jpg
草地の先に残る橋台。反対側は道路工事でかなり削られてしまった様子。
低い方の橋台には桁が載っていますがもっと新しい貧弱なもので砂利線時代のものではないでしょう。
これより内部川方向は新し目の住宅になっており痕跡はありません。
内部川も堤防が立派になりこの程度の高さの築堤では到底越えることはできなくなっています。


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専用線跡 | 22:37:39 | Trackback(0) | Comments(0)
水窪森林鉄道戸中川の鉄・木橋跡
1月5日の記事で取り上げた水窪森林鉄道の先に残る橋梁跡を見てきました。
水窪川から戸中川が分かれるところに山王峡という渓谷があり、水窪森林鉄道もこの谷筋へ入っていました。

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水窪川対岸から見た戸中川の水窪林鉄橋梁跡。
この橋梁の上流側(左側)で林鉄は急カーブして戸中川沿いに奥の方へと続いていました。

DSC_0948_20140715000951915.jpg
橋脚を近くから見ると結構な高さ。
手前の低い2本の橋脚上には木橋が架かり、奥の高い橋脚には鉄製ガーダー橋が架かっていました。

DSC_0950_20140715000954079.jpg
それにしても高さの割にぺランぺランの橋脚です。
現役時代の写真を見るとこの上に載っていたガーダーも薄っぺらくて、小型の5t機とは言え機関車が載るのにはあまりに頼りなく見えます。木橋よりは頑丈だとは思うのですが見た目にはどうも・・・ねえ(・・;)

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森林鉄道(前橋、東京営林局) | 21:47:31 | Trackback(0) | Comments(0)

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