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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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西尾鉄道→愛知電気鉄道吉田港貨物駅
2004(平成16)年3月末で三河線碧南~吉良吉田が廃止となり、西尾線と蒲郡線だけの接続駅となった吉良吉田駅。
かつては三河線と蒲郡線が三河鉄道で1本の路線で現・吉良吉田駅は三河吉田駅を名乗っていました。
西尾線の前身となる西尾鉄道の旧・吉良吉田駅は現在地より若干西尾寄りにあり、矢崎川に面した吉田港までの貨物線も存在していました。
岡崎駅前にあった岡崎新駅起点の西尾鉄道が吉良吉田まで延びてきたのは1915(大正4)年8月5日、吉良吉田~吉田港0.4(0.5?)kmが延長されたのは翌1916(大正5)年2月12日でした。
当時は軌間762mmの非電化路線で、イギリスのエーボンサイド(Avonside)製蒸気機関車4両が客貨混合列車を牽くのが主だったようです。

●吉田港駅
西尾市史4 近代編(西尾市)によると大正5年度(年末締めなのか3月締めなのか不明)の西尾鉄道各駅貨物取扱量は以下の通りだったそうで、東海道本線と接続する岡崎新を除けば吉田港が最多となります。
 岡崎新  3721.5t
 天王門  1564.3t ・・・ 旧線の駅。初代・西尾駅岡崎側の隣駅1928(昭和3)年の新線開業時に廃止。
 西尾   1542.0t ・・・ 初代西尾駅、現・西尾駅より西に位置していた。
 荻原   1077.1t ・・・ 後の三河荻原、2006(平成18)年12月16日で駅は廃止。
 吉良吉田  908.9t
 吉田港  2734.5t

吉田港では伊勢湾を使った内航海運と水陸連絡し貨物の積み替えが盛んだったものと見られます。
西尾鉄道は昭和目前の1926(大正15)年12月1日に愛知電気鉄道と合併しますがその時には蒸機が2両(エイボンサイドとコッペル)増え、客車は13両、貨車は49両にもなっており貨物輸送も伸びていたようです。
愛電合併後の1928(昭和3)年3月9日(10月1日となっているものもあり、詳しくはよくわかりません)に西尾線は軌間を762mmから1067mmへ改軌・電化され吉田港駅は吉良吉田駅に統合されています。
改軌時に吉田港までのレールも改軌して吉良吉田構内扱いで残したのか、完全にレールを撤去したのかは不明です。

DSC_0031.jpg
現・吉良吉田駅西尾線ホームと吉田港方面の分岐点。
流石に遺物はありませんが栃の区割りが線路のあった頃の名残。
左の住宅の塀が貨物線のカーブする線形になっています。

DSC_0032.jpg
1枚前の画像の位置から振り返り初代・吉良吉田駅があった方向を見ると・・・。
線路の周りは住宅が建てこんで駅があったような面影はありません。

DSC_0049.jpg
分岐後も住宅地化してよくわかりません。
奥が西尾方向で、路地に沿って右の住宅辺りを線路が通っていたはず。

DSC_0054_20140207224641ba2.jpg
矢崎川に面した吉田港駅跡。現在はJAの建物が建っています。
ここから河口にかけて港になっていました。今では舟の係留が禁止されて一艘もいませんがかつては舟でいっぱいでした。
当地での鉄道と船は共存関係にあり、武豊港に荷を奪われ寂れていた吉田港は西尾鉄道、三河鉄道の開業により貨物の中継地として再びにぎわったといいます。

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テーマ:写真 - ジャンル:趣味・実用

廃線跡(一般鉄道) | 22:35:57 | Trackback(0) | Comments(13)