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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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富士急下吉田駅番外編~夜景~
前回までの下吉田駅は日中撮影ですが前夜にも出かけていました。
昔ながらの電鈴式踏切警報器とJRから乗り入れのE233系のコラボ動画を撮りたかったので宿から出かけたのでした。
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富士山の麓ですから冷え込みは厳しいところ。
そのせいもあってか駅の灯りと暖色系の壁面を持つ駅舎が温かく感じられます。

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ホームから構内踏切を通して。

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ワフ2+ト104+ワフ1の編成は何ともディープな雰囲気。

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ホーム上屋の雰囲気もいいですね。
寒さをしのげる待合室は現代的なガラス張りですが見事に収まっています。
機能的にも見た目にもマッチして見事という他ありません。

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貨物倉庫と側線群。
以上、しょぼい三脚で重いカメラを無理やり抑えながらの撮影でした。

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専用線跡 | 22:39:57 | Trackback(0) | Comments(0)
富士急下吉田駅の貨物側線~2~
引き続き富士急下吉田駅の貨車群です。

ワフ2は元南海電鉄ワブ517。ワフ1はワブ513とのこと。
1930(昭和5)年田中車輛、梅鉢鉄工所製とのことですが端梁を見るとバッファー穴を」埋めた跡があり、少なくとも台枠は大正以前に製作されたようです。
富士急では開業時以来の木造ワフが老朽化したため、貨物縮小で余剰が出た南海の鋼製ワブを購入したようです。
しかし富士急線の貨物も長くはなく1974(昭和49)年の入線から4年ばかりでお役御免になってしまいました。

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これで後は標識灯を提げた姿を見たいもの。

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ワフ1には当時の積み荷が再現されてます。

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地元産の甲斐絹などなど

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運転士、車掌×2の名札差し。

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執務机と収納式の丸椅子。
富士急に移ってからはゆっくり走っていたのでしょうが南海本線の貨物列車はかなり飛ばしていたそうで・・・
果たしてワブの乗り心地はどんなものだったのか・・・。

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専用線跡 | 23:16:56 | Trackback(0) | Comments(0)
富士急下吉田駅の貨物側線~1~
専用線ではないのですが貨物扱い跡が色濃く残る駅です。
急勾配が多い富士急線にあって、この下吉田駅も勾配の途中にあります。
駅構内はできる限り平坦にしてあるのですが、本線は若干勾配がある様子。

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本線と貨物側線とで高さに差がありスイッチバック駅のような光景になっています。

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貨物線跡には元小田急と思しき松山製保線MCや懐かしの幅広タイプTMC100がいたりして保線基地になってます。
また一部は2011(平成23)年にスハネフ14-20が展示され「ブルートレインテラス」になってます。

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大月寄りには結構大きめの貨物倉庫が建っています。
ここで有蓋貨車から倉庫へ荷降ろし、または積込みが行われていたのでしょう。

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この倉庫の道路側はこんな感じ。トラックと列車で連絡輸送をしていた頃の雰囲気を今に伝えます。

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そして極め付けはこの黒光りする貨車群!ワフ2+ト104+ワフ1。
休日は車内も公開され、行ったときは10:00オープン前のお掃除の時間。
早々とお邪魔してすみませんでした(_ _)

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富士山麓鉄道開業時からの生え抜きト104には砂利も積まれてます。
以前は河口湖で放置状態でしたが見違えました。

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ワフ1の車内には当時の積み荷も再現して置かれています。
こちらは富士山麓電気鉄道時代の姿にしてあります。
実際には富士急行へ社名変更後に入線した車両なのでこの標記は実際にはありませんでした。
説明板によれば”「ワフ1」については、富士急行の前身「富士山麓電気鉄道」時代の仕様を再現しております。同車がこの塗色を纏ったことは無く、歴史的事実とは異なりますが、展示における工夫の一つとして捉えていただけましたら幸いです。”とちゃんと説明があり好感が持てます。

富士急は過去に電気機関車も所有せず貨車は荷電や旅客用電車で牽いていました。
さほど貨物輸送の比重も高くないはずですがこれだけ貨物の遺産を残してくれているのはありがたいことです。

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専用線跡 | 22:57:37 | Trackback(0) | Comments(0)
林鉄初詣~気田・水窪森林鉄道(後編)~
気田林鉄と分かれて県道389号は山住峠まで延々と登り続けます。
峠の標高は1100m、そんな人里離れたところにある神社ですが結構規模の大きい神社で、電気も来ています。

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山住神社の前~。

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御神木をはじめ立派な杉の木が多い境内。よく見るとあちこちに林鉄のレールがに利用されています。
水窪と気田のどちらも近所なのでどちらで使われていたレールかは分かりませんが。
林鉄ちゃんの初詣にはふさわしい神社でした。

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今度は水窪の町へ降りて水窪林鉄の跡巡り。
水窪川対岸に線路があり奥の飯田線の鉄橋下をくぐってから右の方へ登って行くラインが見えます。

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飯田線の車窓からも見える水窪川の鉄橋。
木造上路トラス橋が架かっていたのですが、昭和30年に運材列車が通った時に列車もろとも落橋するという大事故があり架け替えられたそうです。
このすぐ近くの民俗資料館で伺ったところでは元々事故が多かったようで・・・。
民俗資料館では機関車のことを「エンジン」とおっしゃっていました。
そういえば林鉄の機関車は管理番号はありましたが、一般的な鉄道の車両形式などはありません。
エンジンの形式名で呼ばれいることも多かったようで。エンジンを換装したらどうなっちゃうんだろ(・・?)

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線路跡はサイクリングロードにされたのですが落石・崩壊が激しくすぐに放棄されたとのこと。
対岸から見てても無事なところの方が少ない気が・・・(・・;)
飯田線も有数の災害路線ですし、年に数cmも山が動くような地域ですから無理からぬことでしょう。

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何箇所かトンネルもあり、埋もれ掛けた素掘りトンネルが見えました。
翌日が仕事始めだったのでこれ以上は深入りせずに帰宅~。水窪はまた次回以降に詳しく見ようかと思います。

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森林鉄道(前橋、東京営林局) | 22:14:08 | Trackback(0) | Comments(0)
林鉄初詣~気田・水窪森林鉄道(中編)~
気田森林鉄道を山住峠・水窪方面へ向けて走ります。
この辺は旧春野町ではなくもう旧水窪町の町域です。
水窪の中心街とは標高1100mの山住峠で隔てられ、現在の交通感覚ではなぜ同じ町域だったのか意外な感じがします。
近代交通が発達する以前の道と言えば、洪水被害に遭う川沿いより尾根伝いや峠越えが多かったため、つながりがあったのでしょうか。
古来この山岳地帯を人が行き来することは多く、戦国時代には甲斐武田家の間者や軍勢がこの辺の山地を跳梁し浜松にいた徳川 家康を悩ませていました。

まだこの先には門桁の集落があり、この道も林道などではなく生活道路です。
林鉄時代は客車列車も走っていたというのも頷けます。

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明神橋横の橋脚。この橋脚も立派なストライプ岩の上に生えています。

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線路跡から河原の岩を見ると実に見事なストライプ模様!!

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気田川が大いに蛇行するところではトンネル、鉄橋そしてすぐにまたトンネルというところも。
その横には・・・

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見事な橋台が両岸に、そして一部橋脚も残ります。
これまでの橋梁で最も長そうなものです。

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現橋の下には新線橋梁の橋脚も見られます。
トンネルと橋梁で渓谷を串刺しにして山陰本線(嵯峨野線)保津峡付近を連想してしまいました。
まあ林鉄ですからそこまで高速化するわけないでしょうけど・・・.

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門桁の集落を過ぎると専用林道になるので一般の立ち入りはできません。
猟をしているのか犬や地元の方々と思われる数人が奥に集まっているのが見えました。

県道は気田林鉄と別れ山住峠を目指すのでこちらも峠を越え水窪中心街へ向かいます。

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森林鉄道(前橋、東京営林局) | 00:07:12 | Trackback(0) | Comments(0)
林鉄初詣~気田・水窪森林鉄道(前編)~
冬場は降雪や凍結で林鉄跡探訪は難しくなります。
それでも静岡県内にあった旧東京営林局の林鉄なら何とか行けるかな?ということで
山住神社へ初詣に行く序でに気田森林鉄道と水窪森林鉄道の跡へ。
天竜浜名湖鉄道天竜二俣駅から国道362号を旧春野町気田地区(今は市町村合併で浜松市天竜区)へ向かいます。
初めての路線なのでさらりと見た程度です。

建設中止になった国鉄佐久間線の高架を横目に30分ほどで気田に着きました。
まずは林鉄跡へ行く前に1889(明治22)年建築の王子製紙旧製品倉庫が残る春野中学校へ。

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この工場は日本の木材パルプ生産発祥の地でした。
製紙工場というと港湾の工業地帯にあるイメージですが、当初は原料の木材がある山元に置かれるものでした。現在は材料を輸入に頼り、木材チップは船舶で送られてくるので港湾地区に工場が置かれていることが多いです。

気田森林鉄道は森林組合の軌道と発電所建設専用軌道がルーツ。
宮内省帝室林野局名古屋支局が両軌道を1939(昭和14)年に引き継ぎ、戦後の林政統一後は東京営林局気田営林署の所管となっています。

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篠原貯木場跡を出てすぐに杉川を渡るコンクリートアーチ橋の仙郷橋があります。
1935(昭和10)年の気多村森林組合軌道開業時に建設されたものと思われます。
1959(昭和34)年以降林鉄の道路化工事が行われ、車道として使っていましたが現在は通行止め。

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河原に降りて見上げるとアーチ中心が恐ろしく薄っぺらく見えますが・・・(・・;)
この上を酒井・加藤・協三の5t機関車が運材車や客車を牽いて渡っていました。
バックの山には国道362、473号線がトンネルで突っ込んでます。
この斜面は以前大崩壊をやらかしたような感じで、崖を巻く仮設道路の遺構も。

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仙郷橋から先はこんな感じの路盤が残ってます。
幅もナローの路盤そのものですが本当に車道になっていたのでしょうか??
直線ならまだしもカーブで崖っぷちはかなり怖いと思いますが・・・

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その先は現役車道となり、大部分が静岡県道389号水窪森線になってます。
杉川の谷から気田川の谷筋へ尾根越えのために掘られた小石間隧道は直線ですが中央にサミットがあるため反対が見通せません。
このトンネルは現役時から併用軌道だったというのですが・・・。見通しがこれでは流石に危ない気が。
しかも中央部が高くなっているためトンネル中央までは林鉄が苦手とする逆勾配区間になります。

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勝坂地区を過ぎると県道が気田川を渡る下に林鉄の橋台・橋脚が見られるようになります。
画像は灰縄橋の旧線橋のものと思われる橋脚と橋台です。
しかも県道脇に旧線木橋跡、県道真下に新線鉄橋orコンクリート橋跡と言うパターンが多いようで。
隣の水窪林鉄で1955(昭和30年)に起きた運材列車転落事故を契機に安全対策で架け替えたのかも??

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こちらは同じ灰縄橋真下にある新線橋のものと思しき橋脚残骸。
コンクリ橋脚が岩から生えているような奇妙な光景。

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この辺の気田川は明神峡と言うそうですが、「骨原」という恐ろしげな地名も。
落石や鉄砲水が多いそうで巨大滑り台(流水溝)が林鉄跡の県道を跨いでます。
林鉄現役時は落石防止シェッドが続いていたそうで。

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森林鉄道(前橋、東京営林局) | 16:59:16 | Trackback(0) | Comments(0)
農林省京都農地事務局→愛知用水公団専用線(飯田線三河川合駅)
宇連(うれ)ダム建設用に敷かれた側線。
宇連ダムは河川の少ない渥美半島へ水を送る豊川用水の水供給源です。
戦後間もない1949(昭和24)年に建設が始まります。
当初は農林水産省が建設、1955(昭和30)年に愛知用水公団が設立されるとこちらに移管されたようです。
なお愛知用水公団は現在の独立行政法人水資源機構の母体で宇連ダムも同機構の所管になってます。

専用線は1953(昭和28)年から使用されており、セメントや骨材となる砂利輸送に使われています。
セメントは金指の住友セメントや三河田原の小野田セメントから来ていたようです。
砂利は長野県天竜川砂利採取専用線(飯田線千代駅)から元富士身延鉄道のED21+15t無蓋車(トム)10両という編成でピストン輸送していました。
三河川合駅からダムサイトへの資材輸送は索道を使っていたそうです。
宇連ダムの建設工事が1958(昭和33)年に完成すると専用線も不要になったと思われますが専用線一覧上では1964(昭和39)年版にも使用中止とあるものの記載があります。

作業方法:国鉄機、手押
骨材線:0.4km、セメント線:0.3km

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三河川合駅は国鉄買収前に鳳来寺鉄道と三信鉄道の接続駅だったためか構内は広大です。
また保線の拠点にもなっているようで架線工事の研修施設(?)や保線車の留置側線、詰め所もありました。

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左の側線は現在保線車用。ホッパーに続く骨材線は山側にもう1本あった線路らしいのですが山側に土留め柵ができたためか敷地が狭まってます。

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豊橋側を見た様子、骨材線は撤去済みですが、右に途切れたレールが見えます。
こちらは元のセメント線でしょうか?

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飯田線の電車から見ると豊橋側にホッパーが残っています。
ここで砂利をトムから降ろしていたとなると、線路はホッパーの天端に上っていたことになります。
ひょっとしたらホーム脇から勾配を登りホッパーに達する桟橋軌道になっていたのかも知れませんね。
手前の架線や踏切警報器は専用線と関係なく保線区の研修用と思われます。

参考:鳳来町誌 交通史編(鳳来町教育委員会)
市町村史というと明治時代以降が物足りない記述になりがち(特に戦後は・・・^ ^;)ですが鳳来町誌は小さな町とは思えないくらいに緻密で詳細な町史をまとめています。
鳳来町誌 交通史編は鉄道専門書かと思うほどの質とボリュームでした。

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専用線跡 | 00:05:06 | Trackback(0) | Comments(0)
千頭林鉄 寸又峡温泉~尾崎坂2
長かった井川線&千頭林鉄シリーズもこれでラストです。

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千頭林鉄の鉄橋を流用した飛竜橋。
かつては吊り橋(もちろん機関車も通る)だったそうですがどんな風だったのでしょうね。
深い谷を渡る橋ですが林鉄を通す程度にしてはかなり幅広で立派。
幅だけで言えば線路を複線で敷けそうなくらいです。

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飛竜橋を渡ると上から大間川支線の石積み路盤が降りてくるのが見えます。
夏場は草木が茂ってて分かり辛いのですが冬場なので対岸からも線路跡が良く分かります。

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大間川支線が分岐していた尾崎坂停車場構内。
石積みの一角に千頭林鉄建設などで犠牲になった方々の慰霊碑があります。合掌
人がよく行き来する停車場の目立つ場所に設置したのでしょう。

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角度を変えて石積み。
井川線で見たのもこんな感じでしたが停車場構内とあってか階段の跡など複雑な構成

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1957(昭和32)年酒井製作所製のDB6+集材機G2を載せた運材車+モーターカーGM10
集材機のG2という番号も機関車やモーターカーと同じような銘板で付いてました。

この後は飛竜橋まで戻らず谷を下り「夢の吊り橋」経由で帰路に。
ショートカットではありますがアップダウンは大きいです。
夢の吊り橋から見るダム湖は湖面が大井川独特の青に見えるので人気ですが吊り橋場からみると・・・

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大間ダム堰堤フルオープン(笑)
こんなに堆積物があったのですね・・・・(・・;)
真っ青な色にごまかされてましたがかなり水深は浅かったようで。
今は浚渫工事中なのか河原にユンボが置かれていました。

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森林鉄道(前橋、東京営林局) | 21:49:02 | Trackback(0) | Comments(0)
千頭林鉄 寸又峡温泉~尾崎坂1
路盤崩壊でほとんど辿れなかった千頭森林鉄道1級線。
寸又峡温泉入口の駐車場で保存車を撮りましたが千頭森林鉄道寸又峡温泉の保存車1千頭森林鉄道寸又峡温泉の保存車2と全く同じような写真しか取れてないので省略~。
いい加減寒さもこたえて来たので寸又峡温泉で遅い昼食。
極寒の中から一度暖かい屋内に入ってしまうと外に出る気が萎えてしまいます(^ ^;)

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ここまで無人の山中を進んできた千頭林鉄ですが寸又峡温泉では宿や店、住宅が密集している地帯を通り抜け町の鉄道の雰囲気。
神社への参道が林鉄を跨いでいたアーチ橋があります。

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寸又峡温泉のバスターミナル。
大井川鉄道のバスが発着しているその裏が廃線跡。
何だか駅のような感じですが、実際に寸又峡温泉の停車場こと大間停車場があったのはこの先100mほど離れた林道ゲート手前でした。現在は大間駅の駅名板を付けた疑似駅舎?があります。

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バスターミナル横の沢を渡っていた跡には橋台が見えてます。

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ゲートから先はこの寒いのに歩いてる観光客が多い!
どこぞの街中よりも人が多いくらいで林鉄跡の雰囲気ではないです。
天子トンネルでも人の声が常に反響して騒がしいくらい。
こんなにぎやかな林鉄跡は他にないのでは・・・(^ ^;)

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大間ダムの横では何やらダム関連の工事をしている様子。
下を見るとダム湖がなく普通に川が流れているだけ。
山側を見ると工事資材輸送用の索道の動力にに集材機が使われてました。
よく手入れされているようで赤い塗装がピカピカ。
林鉄と集材機は切っても切れない仲で、集材機も最近ではあまり見かけません。
かつては林鉄で集材機を山元へ運び、集材架線の動力にしてました。
集材架線で集めた木材を運ぶのが林鉄の役目。


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森林鉄道(前橋、東京営林局) | 23:00:59 | Trackback(0) | Comments(0)
冬の井川線5~千頭林鉄のはずが~
長島ダムで拾ったマイカーで千頭林鉄跡へ向かいます。
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先ほど列車で行った沢間駅手前から林鉄跡の林道へ入ります。
横沢橋梁を渡るとすぐ横澤隧道。林鉄廃止後にどちらも改築されて大型になってしまってます。
かろうじて橋台跡らしきものはありましたが・・・。

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しかもすぐに通行止め。ゲートからすぐ見える路盤がごっそりと無くなっていました。(・ ・;)

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そのそばにあった落石注意の標識。
通常のものより山が急傾斜で痩せているのに特大の落石(岩)を降らせています。
確かにこの道ではこんなイメージかも・・・。

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仕方なく県道を迂回して奥泉まで戻ることに。
ただ戻っても芸がないので川根小山駅へ寄り道。
林鉄の停車場という雰囲気です。列車が来たので比較対象としてSKW氏にご出演頂きました。

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県道を登っていくと途中でアプトいちしろ駅と機関区を見下ろせる場所を発見。
今月の「西宮後停留場」のトップ画像を撮った同じ場所です。
アプトいちしろ駅にいたときこの県道のガードレールは見えていたのですがSKW氏と「あの道へはどうやって行くんだろう?」なぞと言っていたのですがまさか通り道だったとは・・・。
この辺は山と川が入り組みかなり複雑な地形です。

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撮影行 | 00:34:58 | Trackback(0) | Comments(0)
冬の井川線4
沢間から車を取りに長島ダムへ。
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車窓から森林鉄道跡でよく見かける玉石積みの擁壁が見えます。
いつもは廃線跡でしか見られないものを現役鉄道から見られるとあって大喜び。
大井川の渓谷風景そっちのけでこんな写真を撮って悦に入っているとは・・・変な奴め(笑)

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アプトいちしろ手前で分岐していく旧線利用の引込線。
この先旧線は市代吊橋を渡りアプトいちしろ駅構内に達していました。
ダムができたばかりの頃は大井川の川狩(木材の流送)がまだ行われており、ダム堤体で川狩が断絶する川根市代~崎平は軌道輸送で中継する風景が見られました。
列車で運ばれた木材は崎平で再び大井川に放流して下流へ運ばれました。

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アプトいちしろで再びED903を撮影。

DSC_0841.jpg
長島ダムに到着。
井川線車両の車体は軽便規格よりもさらに小さいのですがアプト電機の車高は国内の一般鉄道並み。
長島ダム駅構内はいちしろと違って構内にラックレールもないので、どこかの高規格鉄道のようです。
そんなところを発車していく井川線客車のミスマッチさが何とも愉快(^ ^)

DSC_0849_20140106235642c56.jpg
この角度で見たらJR幹線中の小駅にしか見えません。
トンネルから「サンダーバード」や「ワイドビューしなの」が高速で飛び出してきそうですね。

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撮影行 | 00:21:47 | Trackback(0) | Comments(0)
冬の井川線3~千頭林鉄~
アプトいちしろから乗車して沢間駅で下車。
実は最初の集合場所、川根両国からそんなに離れていない場所だったりします(^ ^;)

DSC_0806_201401052119168b3.jpg
千頭~川根両国~沢間の間は井川線に東京営林局千頭営林署の千頭森林鉄道が乗り入れていました。
井川線は軽便鉄道らしい雰囲気ですが軌間は1,067mmで大井川本線と一緒、一方の千頭林鉄は森林鉄道標準の762mmで井川線のレールの内側にもう1本レールを敷いて乗り入れてました。
井川線から分岐した林鉄は恐らくこの駅舎前を通って、現在の駅前通り(?)を走っていたものと思われます。

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沢間駅の千頭方で分岐していたはずなのでちょっと調べてみることに開渠にレールを渡した跡があります。

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レールをひっくり返して橋桁代わりにしているのですが幅はぴったり762mm、この上を林鉄が通っていたわけですね。

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川根両国方に残るホッパー。
大井川ダム索道が
井川線も千頭林鉄も中部電力の前身である富士電力がダム発電所建設資材輸送用に敷設した軽便軌道がルーツ。
その富士電力軌道は沢間が起点だったそうです。
大井川沿岸では大井川鉄道開業前は索道が最先端の貨物輸送手段で、藤枝から運んだ砂利やセメントをここでガソリン機関車牽引のトロに積み変えていたはず。
ということはこのホッパーの辺りに索道の駅もあったはずですね。

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森林鉄道(前橋、東京営林局) | 21:49:17 | Trackback(0) | Comments(0)
冬の井川線2
井川線アプトいちしろの続きです。
DSC_0706.jpg
トンネルを抜けると目の前にさっき下って行くのを見たED903が駐機中。
電機の運転士さんが車庫から出てくるまでは全く人気無し。
大井川ダムの発電所から微かにノイズが聞こえる以外は静かなものです。

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そこにクハ601を先頭にした列車(DD205が後押し)が到着。
オフシーズンなので客車3両の短い編成です。

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アプト式電機連結作業は井川線乗車の一大イベントなので乗客の皆さんもほとんどが降りて見物・休憩。
さっきまで誰もいなかった場所は急に喧騒の只中に。

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作業も終了して列車を降りて休憩している人などを集めるため汽笛合図。
5分ほどで出発していきました。
ホームを外れるといきなり90‰の急勾配が始まります。
モーターの唸りとブロワー音が遠ざかると駅はまた元の静けさに。

次の千頭行の列車が来るまでの30分弱で聞いた音と言えば対岸の絶壁からダム湖に落石が転がって行った音だけでした。

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千頭行の先頭に付いてED903が長島ダムから帰ってきました。
DD20や客車が小さいせいで遠目には何となく貨物列車のようにも見えますね。
この列車でかつて千頭森林鉄道が井川線から分岐していた沢間駅へ向かいます。

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撮影行 | 20:48:12 | Trackback(0) | Comments(0)
冬の井川線1
年末休みで久し振りにSKW氏とお出かけ。
集合場所はいきなり川根両国駅。
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着いてみるとDD206がポツンとホームに止まっています。

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運転席脇には正月飾りが・・・
これだけ間近で現役の機関車が観察できるのも珍しいですね。
ホームが低いので路面電車の電停に機関車が止まっているかのような感覚です。

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黒いトキも現役。近くには中電の積込み場もあります。
貨物列車を見たいものですが。

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次は車で長島ダムへ。人気のない山中にアプト電機ED903のブロワー音だけがこだまします。

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長島ダムに車を置いて井川線旧線跡を歩いてアプトいちしろ駅へ。
ミステリートンネルとなっており、中にはお化けが(笑)
しかし写真に撮ると電飾が目立ってクリスマス飾りになっちゃいますね~。

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トンネルを出るともうアプトいちしろ駅構内。
旧「川根市代駅」時代の駅名板が立っています。

テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

撮影行 | 21:54:11 | Trackback(0) | Comments(0)

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まとめ