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にしみやうしろ

Author:にしみやうしろ
小田急沿線で生まれ、金沢で北陸鉄道にはまり、愛知では名鉄に臨海鉄道さらに森林鉄道、今ではすっかり私鉄・貨物ファンに・・・。
鉄道に由来していろんなものに興味を持つようになってしまいました。

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東芝セラミックス専用線? (名鉄三河線枝下駅)
2004(平成16)年3月31日に廃止された三河線山線の猿投~西中金。
豊田市内とは言え山間のローカル線の雰囲気のある区間でしたが貨物営業は案外最近まで残ってたようです。
その行き先がこの枝下駅。専用線一覧には載ってませんが名鉄自体の側線扱いだったのでしょうかね?

この地域では古墳時代から猿投焼が焼かれていて陶土採掘が盛んな土地で、大正期からは耐火材料として木節粘土が採掘されてました。
枝下には三河鉄道社長も務めた実業家神谷 傳兵衛が設立した東洋耐火煉瓦の工場があり、1927(昭和2)年8月26日に三河鉄道枝下駅ができると枝下駅より製品が出荷されるようになりました。
木節粘土は亜炭層から採掘され炭化した木片が混じっていることから木節粘土というとか。
工場は合併で三星粘土→東芝→東芝炉材→東芝セラミックス→東海セラミックスと目まぐるしく変わってますが場所は変わりがないようです。

枝下駅は貨物の発着はあったのですが1967(昭和42)年に無人化、交換設備もなくなり末期は機回し線もなくただ行き止まりの側線が分かれるだけになっていました。
そんなところにどうやって貨車を押し込むかと言うと・・・。
側線の奥へ向かって下り勾配となっていたそうで、下り貨物で到着した貨車は本線上に置き去り。
後は自重で積込み線に入ってたそうな。

DSC_0248.jpg
枝下駅はホームやレールが廃止以降も残り公園化されてます。
側線は奥に見える工場の建物に沿って知立方から分岐。写真の左奥から右手前方へ延びてました。

DSC_0256.jpg
僕も非電化になってLE-DCキハ20,30形が走っていた頃しか見てないのですが、確かに線路が分岐してそうな雰囲気。工場の建屋外壁は新しくなっているものの中身は貨物営業時代のもののようです。
三河線山線と言えば名鉄デキのプッシュプル運転が有名でしたね。

DSC_0262_201311252121597e9.jpg
駅にはちゃんとこんな説明板も。専用線現役時代の写真も載ってますが、他で見た写真とは配線が違っており何度か配線変更があったものと思われます。


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テーマ:鉄道 - ジャンル:趣味・実用

専用線跡 | 22:41:44 | Trackback(0) | Comments(0)